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【掌編小説】きみの名は(2/4)

「うわ、水掻きだよっ」

驚きついでに火野が禿げた頭を撫でようとすると、
子どもは明らかに嫌がる。

「ここは急所なのでダメです」

「そうか、ごめんな。
てゆうか、それ、きゅうり?」

火野が指差したその先にビニール袋に
5本のきゅうりが入っていた。
そのうちの1本は一口だけ齧られている。

「お前、きゅうり好きか?」

「はい、大好きです」

「本物の河童だ。水田、触ってみ?
匂い嗅いでみ? 河童だから」

水田は半信半疑で子どもに触り、
そのぬめぬめの匂いを嗅いだ。
火野は甲羅と背中の繋ぎ目をよく観察している。
それで「やっぱり河童だ!」と騒ぐ。
水田もこれは普通じゃないと思うが
うまく現実を受け入れられない。
火野が「お前、どこから来た?」と訊く。

「裾花川から用水路を伝ってきました」

「権堂に用水路なんてないんじゃない?」

そう言う水田は子どもの存在を
河童だと受け入れられない様子だ。

「ちょっと待てよ。
そういえば、ネオンホールの向かいに
用水路流れてるじゃんかよ」

火野にそれを言われて
水田は思わず「ああ、あるある!」と声を上げた。

「親父に小さい頃、聞いたことあるわー。
権堂に裾花川から流れてる川があるって。
名前、なんだったっけかな?」

「カナイガワ」

「たしかそんな響き。
そうかもしんない。
お前、よく知ってるなあ」

「お母さんが教えてくれた」

「お母さんと逸れたの?」

水田は子どもを心配する。
それを聞いて「やっと河童だと認めるかー」と
火野が満足そうな顔をした。

「まだ信じられないけど、
とりあえず河童だと思うことにする。
きみ、お母さんに
ここで待ってるように言われたの?」

「うん、そう」

「なあなあ、水田、
記念に写メ撮ってくれない。2ショット」

そう言って火野が自分の携帯電話を差し出す。
それを見て子どもが
「ケータイ、貸してください」と
火野に願い出る。

「なんで?」

「お母さん、スマートフォン持ってるんです。
だから電話かけます」

「河童がスマホ持ってるって?
笑えるー」

「笑ってないで貸してあげなよ」

「じゃあ、ほら、貸してやるよ」

「おじさん、ありがとう」

「おじさんじゃねえ、まだ35だ。お兄さんと言え」

「お兄さんたち、やさしいんですね」

「俺たちじゃなかったら
捕まって見世者にされてるところだ」

「写メ撮ろうとしてたクセに」

水田が笑いながら横やりを入れる。
その間に子どもは真剣にケータイの番号を押す。
プ、プ、プという信号音がしたあと、
それは留守番サービスセンターに繋がった。
再度掛けてみたものの結果は同じだった。
残念そうに子どもは
火野に携帯電話を返した。(続く)
by nkgwkng | 2014-02-14 22:17 | 掌編小説
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