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Orange【メロ君】

 ミューさんではない女性と会っている。週に一度。「地球にいた時はどこに住んでいたの?」と彼女は訊いた。「トーキョーだよ、話してなかったっけ?」と僕はズレた眼鏡をかけ直す。湖のほとりにあるベンチに座って話していた。目の前のランニングコースを市民ランナーが駆け抜けていく。歩いている人もある。太陽に見立てた空中照明がオレンジ色に発光して湖に沈んでいく。ベンチに座った僕たちの影が後ろに長く伸びる。「地球にいた頃のことを懐かしく思うことはある?」と僕はまぶしい光に目を細めた。すると彼女はこう言った。「懐かしいって思うこともあるよ。でもここに来なかったらあなたに出会ってなかったから、来て良かったと思ってる」。
「それは僕のことを好きってこと?」
「そうかもね」とはぐらかすその笑みはズルかった。そんな彼女との距離を縮めるように僕は追いかける。「僕が結婚しているのに?」。
「それでも構わない。ここって無機質なことが多いでしょう? だから虚無感に襲われることが多いんだけれど、あなたがその穴を埋めてくれるんだ」
 僕は彼女の言葉を噛みしめてから答える。
 「僕もそうだよ。君といると心が満たされる」
 空中照明の光がオレンジ色に水面を踊る。そろそろ彼女とお別れの時間。「今日は別れるのが寂しいな」と彼女は言った。僕も同じ気持ちだった。こんな気持ち初めてだ。僕は彼女のことを少しだけ好きなんだと知った。
by nkgwkng | 2016-12-18 09:55 | 掌編小説
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