カテゴリ:お蔵入り( 9 )

プロット/スーサイド水死体

【テーマ】
死は終わりではない。死んでも日常は続いていく。

【ストーリー】
水死体として見つかった俺を中心に巡る生死について

【いつ】
現代、2017年秋

【場所】
Q市 死鳥町(しちょうまち)
 ●町の花/赤い薔薇
 ●特産品/とうがらし
 ●地形/北に荒れ狂う海、南に荒涼とした山
 ●名所/
  川→Sリバー。町をS字に横断。映画の撮影で使われること多々。
  寺→国宝 精長寺(せいちょうじ)。還暦までに13回参拝すると
    長生きすると言われている。
  仏像→大福仏という名で、右掌に皿に盛られた大福の山が、
     乗っかっている。精長寺に隣接。
  清水精子旧家→きよみずせいこ。町が誇る女流前衛作家。昭和時代
         初期から活躍。昭和天皇と同じ日に死去。肺がん。
         煙草をよく吸った。代表作に『歪ム』、
         『何処へ行った、君島』、『乳房/MOTHER』、
         『明るい家庭内暴力』、『愛まで腐れ』など。
 国道P号線→片側一車線。P号線沿いにレストラン、スーパーがある。
 死鳥橋→町の中央に架かる大橋。
 ビル→名称・増井ビル。
    5階=ライブハウス『ジャンキーボックス』
    4階=ピンサロ『赤いスイートP』
    3階=CDショップ『マツリレコード』
    2階=100円ショップ『タイソウ』、
    1階=ベーカリー『パンボコ』、
    地下=貸音楽スタジオ『We Turn Red』
 海→出須海岸、日本海側。冬は荒れる。どこか不吉で
   人はあまり近づかない。夏の海水浴客も少なく海の家もない。
 ●施設/
  高校→赤べこ男子高校。65年前に甲子園出場した古豪。工業科、電気科、
     普通科がある。生徒数183名。学祭名は『赤べこ薔薇学祭』。
  大学→精長寺看護大学。精長寺が運営しているわけではない。
     名前だけ借りた。創立当初は『死鳥町大学』だったが
     不謹慎ということで1年で校名変更。
  ホテル→Shicyou Hotel。客室50。観光客の利用が多い。赤い外観。
  図書館→死鳥町立図書館。DVDの無料貸し出しを国内で初めて導入した。
  レストラン→『ビストロ チリペッパーズ』。店主が大のRHCPファン。
       とうがらしピッツア、辛トマトスパゲッティが人気。
  スーパー→ブラッド・マーケット。精肉・鮮魚の取り扱いが豊富。
  旧死鳥駅→平成7年に廃線。駅前はそれより前から寂れていた。
 ●歴史/江戸時代に海の村として栄えた死村(しむら)と
     赤山にある関所が有名だった不死身鳥村(ふしみちょうむら)が
     明治時代初期に合併して死鳥町に。平成7年にQ市に吸収される。
 ●人口/約5万人

【プロット】
第一章『4』
①ニュース
 初/それは俺だった
 終/探すことにした、俺という名の死体を。
◆珍しく家族揃っての休日。
 ニュースが、3日前から捜査していた身元不明の男性の死体が
 誰なのか報じる。それは俺だった。
 キヨミ、それを聞いて大爆笑。友人・仕事仲間から連絡入る。
 誰もが俺の死を認識しているのに
 存在していることを疑問に持たない。
 死の一報は俺にとって松崎しげるが褐色の肌を失うのと同じ
 アイデンティティの損失である。
 Sリバーの死鳥橋下で死体は発見されたと報じられた。
 俺はそこへ行った記憶がない。
 中学生以来行っていない。
◆仕事について
 タウン誌の編集長である。とりあえず翌日出社してみた。
 皆から心配される。
 社長から次号の特集は「薄野イクオ(←俺)の生き方」だと言われる。
 意味がわからない。
 キヨミの仕事は看護師。
 キヨミと俺は読者モデルと編集者の関係から始まった。
 看護学生だったキヨミから猛アタックされ、交際に至る。
 キヨミは一度社会人を経験してから看護学校に通った。
 結婚をしてからイクオ出世する。キヨミ、「あげまん」だと自画自賛。
 イクミが生まれてからのこと、名前の由来。
 現在、イクミは小学校に通っているが、登校拒否気味。
②死体探し
 初/死体には名札がついていない。
 終/Sリバーを2週間も探し続けて、いよいよ心が折れた。
◆死体はどこにあるのか警察に電話で尋ねる。
 しかし埒があかない。警察署まで行くことにした。
 「あるわけないじゃないですか、
 ここ警察署ですよ。フツー、病院でしょう」
 「どこの病院ですか?」
 「いや、今回は病院じゃない。
 ここにいます。それはそれなんだから!」
 家に帰って棒茶を飲む。
 自分は一体誰なのかわからない。
 自問自答する俺にキヨミは「そのままでいいんだよ」
 そのままってどういうこと?
◆いてもたってもいられず部屋を出る。
 「イクオ、どこ行くの?」
 「Sリバー。死体を探してくる」
 「そんなの意味ない。人生の意味を探すのとおんなじ」
 それでも行く。キヨミ追って来ないのが少し寂しい。
 浮浪者や野球少年に死体を見なかったか訊く。
 だが浮浪者には「疲れているだろう」と
 段ボールハウスで酒を飲みかわすことに。
 野球少年にはテレビに出てた人だ!
 と言われサインを求められる。
 朝から晩まで一人で川辺を中心に2週間探すが見つからない。
③発見
 初/ところがだ。
 終/死体と魂が混ざった。
◆もう諦めようと思った帰り道、コンビニの裏のゴミ捨て場に
 不穏な空気を放つ物体を見つける。それが俺だった。
 コンビニの店員に事情を訊く。
 不法投棄されて困ってると迷惑がられる。
 「てゆうか、これ、あなたじゃないですか!」
 「違いますよ」「じゃあ、あなたは何?」
 「人間です」「これは何よ」「死体です」「誰の?」「わかりません」
 外で言い争いになり、頭に血が上った。
 するとコンビニの店員が驚く。自分に何が起こったのかわからない。
 気が付くと俺は炎に包まれていた。
 店員が言う。「今、火葬されているんだ」
◆俺は先日見た夢を思い出す。それはまだ健在のはずの親父の葬式。
 交通事故だった。にしてはきれいな死に顔で。
 取り乱した母親は親父が好きだった銘柄の日本酒を棺桶の親父に
 どぼどぼかけた。それを必死に止める俺と笑う姉。
 火葬場へ向かい、親父の亡骸がいよいよ燃やされる。
 その時だ、自然発火して俺は燃えたんだ。
 「ああ、思い出したよ。デジャビュだ」
 俺に姉なんていないし、母は5年前に乳がんで死んだ。
 あの夢はなんだったんだろう。今日のことの予言だった?
 体と一緒に精神も燃え尽きた。
 すべてが消え去ると光る世界が広がっていた。

【プロット】
第2章『5』
①融合
 初/そこはまぶしいほどの白い空間、カプセルホテルの一室くらいの。
 終/記憶を取り戻して愕然とした。
◆仰向けに横たわっていた。どこだかすぐにはわからない。
 ただ女と結ばれた時のような快感が続いている。
 俺は俺の体と精神が体を重ねていることを感じ取る。
 いつまで経っても果てる気がしない。幸せだと思った。
 それとここは天国かと思った。やはり自分は死んだのか?
 でもそこはカプセルホテルの一室だと気付く。
 目を開いていられないくらいの白い部屋。
 キヨミの出身地であるT都S区のライブハウスへ行った時に
 泊まったカプセルホテルか。
 あの夜は喧嘩して別々のホテルに泊まった。そこで自慰をした。
 突然、快感が絶頂に達して果てた。手のひらが精液で汚れる。
◆汚れを洗いに部屋を出ようとする。外に何か不穏な雰囲気を感じる。
 梯子を伝って外に出ると三途の川が流れていた。
 感覚的に三途の川だとわかった。
 振り向くと川辺に数百のカプセル部屋がそびえ立っていた。
 自分の体が透明になっていることを知る。でも体の感覚はあった。
 河原にはあわび男が十数人いて、
 亡霊が積み上げる石を無情に崩していた。
 亡霊の姿は見えない。俺も亡霊らしい。存在ははっきりとわかった。
 俺はわけもわからず石を積み上げる。だがあわび男に邪魔される。
 「どうしてこんな無意味なことをしなければいけない?」
 「自殺したからだ」それで俺は思い出した。
②自殺
 初/そうだ、酩酊して体が火照って秋のSリバーに入水したのだ。
 終/あわび男が「もう一度やり直し!」と破顔一笑。
◆3週間ほど前の夜に自分よりも20歳若い女の子と飲んで
 心が浮ついた俺はひどく酔っ払った。その子を家まで送ると
 言ったが、「絶対ダメ」だと強く断られて凹む。
 それで深夜営業しているブラッド・マーケットで酒を買い
 さらにひとりで飲んだ。段々、寂しくなり虚しくもなった。
 なかなか寒い日だったけれど酔っ払って体が火照った。
 夏の夜に42度の湯船に数十分浸かっていたかのように
 猛烈に熱かった。それでSリバーに入水しようとタクシーで向かう。
 その若い女の子のことが好きだった。酔っぱらってそれを
 彼女に言ったこともはっきり思い出せるようになっていた。
 タクシーの運転手はのっぺらぼうだった。その後Sリバーに入水。
◆川の水が気持ち良かった。
 サウナから出て水風呂に飛び込んだよう。
 中心に向かうほど意外とSリバーは深くて、172㎝の俺は溺れた。
 酔っていたせいもある。苦しんだような気もするが記憶がない。
 あわび男に訊く。
 「俺の死は幸福だったのだろうか?」
「それはお前が感じることだ」
 「だとしたら幸せではない。キヨミとイクミと
 ずっと一緒に暮らしたかった」
 「ずっとか。それは拷問だと思うけどな」とあわび男。
 急な眠気に襲われてカプセル部屋に戻る。
 目をつむって眠ろうとしたが、光がまぶたを越えて滲む。
 思わず目を開けると部屋がまぶしくて気絶した。
③永遠
 初/途方もなき旅……。
 終/生きるのは面倒くさいし、死ぬのは痛いから嫌だ。
◆目を覚ますと住んでいたアパートにいた。
 Sリバーで死んだのも、三途の川に行ったことも夢だった?
 淡い期待に溺れる。キヨミに訊く。「俺は生き返った?」
 「生き返ってなんかいない。死んだままだよ。寝ぼけてんの?」
 絶望する。愕然とする。死んでも延々と日常が続くだけだった。
 途方もない旅だ。いつまでも続く生き地獄。
 いや生きること自体はちょっと天国だ。
 でもそれは終わりがあるからだ。
 「洗濯物を畳んでよ」と料理中のキヨミに言われる。
 イクミがそれを手伝う。彼女が話しかけてくるが心ここにあらず。
 何万回洗濯物を洗うのか。何万回料理を作るのか。
◆テレビに俺がうつっていた。『死んだ男、生き直す』という
 タイトルのドキュメント番組。編集長の仕事をする俺、
 床屋でモヒカンの手入れしてもらう俺、
 酒を飲んで仲間と語り合う俺、妻と娘と休日を過ごす俺。
 79日の密着取材だった。確かにその取材を受けたが
 まだ死んで数日だったはずだ。ここでは時間が削り取られるのか。
 時の人となる。有名になるのはあまり気分がいいものではなかった。
 キヨミとイクミのプライベートもなくなった。それは歓迎できない。
 穏やかに慎ましく暮らすことの幸せを取り戻したかった。
 死鳥町を出ていくことも考えたがどこへ行っても平穏はないだろう。
 現状を楽しむことにした。人生は選べない。楽しむしか術はない。

【キャラ設定】
俺→◆名前/薄野イクオ(愛称・スーさん)
  ◆年齢・生年月日/42歳・1975年8月8生まれ
  ◆性格/楽観主義、社交的
  ◆出身地/Q市死鳥町
  ◆仕事/タウン誌編集長
  ◆身長・体重/172cm、63kg
  ◆利き腕/右
  ◆声の質/低くて渋い
  ◆持病/酒への依存度が高い
  ◆身体的特徴/モヒカン、右肩にTATOOアリ
  ◆前科・賞・学歴/音楽系専門学校卒
  ◆恋愛経験/5人、初体験は17歳、30歳(2005年)で結婚
  ◆尊敬する人/忌野清志郎
  ◆親からの影響/父・NBA、母・ビートルズ
  ◆将来の夢/We Turn Redを買い取ること、NBAを生で観ること
  ◆恐怖/昆虫
  ◆口癖/「本当?」
  ◆容姿の似ている人/クハラカズユキ
  ◆その他/清水精子の孫

妻→◆名前/薄野キヨミ(旧姓・橋本)
  ◆年齢・生年月日/38歳・1979年11月23日
  ◆性格/肉食系、野蛮、粗雑、女性らしくない
  ◆出身地/T都S区
  ◆仕事/看護師
  ◆身長・体重/164cm、80kg
  ◆利き腕/右
  ◆声の質/ハスキーボイス
  ◆持病/腰痛、食への執着心
  ◆身体的特徴/ぽっちゃり女子
  ◆前科・賞・学歴/元ヤンキー、万引きで3回捕まった。看護大卒
  ◆恋愛経験/8人、初体験14歳、結婚26歳(2005年)
  ◆尊敬する人/両親
  ◆親からの影響/イクミ(娘)を怒鳴ってばかり、
          母が看護師だったから同じ道を選んだ
  ◆将来の夢/痩せたい、宝くじ当選
  ◆恐怖/太ること、イクミを失うこと
  ◆口癖/「だいじょばない」
  ◆容姿の似ている人/渡辺直美
  ◆その他/看護師、不死鳥総合病院に勤務

娘→◆名前/薄野イクミ
  ◆年齢・生年月日/10歳、2007年4月29日
  ◆性格/大人びている、達観している
  ◆出身地/Q市死鳥町
  ◆仕事/小学4年生
  ◆身長・体重/135cm、40kg
  ◆利き腕/左
  ◆声の質/アニメの男の子みたい
  ◆持病/虫歯
  ◆身体的特徴/顔が丸い、肌が白い
  ◆前科・賞・学歴/なし
  ◆恋愛経験/欅シローくんと仲が良い(恋とは言わないかも)
  ◆尊敬する人/宮崎駿
  ◆親からの影響/食べ方が汚い、姿勢が悪い
  ◆将来の夢/スタジオジブリで働くこと
  ◆恐怖/自分にはクリエイティブな才能がないと知ること
  ◆口癖/「大人はいいなー」
  ◆容姿の似ている人/神木龍之介
  ◆その他/町立死鳥小学校に通う
[PR]
by nkgwkng | 2017-01-02 21:00 | お蔵入り

No.9/そして日々は続く

 タエコはナンバーガールのライヴアルバムを聴き終えた後、友達みんなにその素晴らしさを伝えようと電話を手にした。しかしながら、みんな、とは数えることもないほどのわずかな数だった。友達の少なさ加減をタエコは再認識する。
 〈こんなことではいけない。たくさんのイカした友達、そしてカッコいい恋人を見つけなくっては!〉とタエコが思ったかどうかは知らない。でも、タエコがアルバムを聴いて何か決心したのは間違いなかった。
 次の日、タエコは学校とバイトをサボった。久し振りにギターを弾いた。ますます下手になっていた。そのうち何回か電話がかかってきて、それをやり過ごすのは気が滅入るから(タエコは基本的に小心者)、散歩に出かけることにした。よく晴れた気持ちの良い天気ではなく、結構強めに雨が降っていた。買ったばかりのスニーカーが汚れた。かっこいい男とすれ違ったりもしなかった。立ち寄ったコンビニでは入り口に置いていたビニール傘を持っていかれた。駅前のショボイ喫茶店で雨宿り。注文したナポリタンは給食の味がした。雨は止みそうになかった。あきらめて家まで走って帰った。雨に打たれて、九十七年のフジ・ロック・フェステバルを思い出す。一緒に行ったミオは寒さで死にそうになっていた。ヤッコはレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのライヴで行方不明になった。二人とも今は母親になった。ふと、切らしていた洗剤を買い忘れたことを思い出す。部屋には洗濯物がたまっていた。〈まあ、こんな日もあるわ〉とタエコは思ったのだった。

        *

 こんなふうにマサオとタエコは、平凡な日常を生きている。いつか二人はどこかで出会う? それは誰にもわからない。
 続きは九番目の話で。

2002年12月記
[PR]
by nkgwkng | 2016-12-26 00:00 | お蔵入り

No.9/捜し物はなんですか?

 マサオの日常を彩っているのは、ほんの些細なことだ。それは友達からの電話やメール、あるいは手紙。素晴らしい映画、素晴らしいマンガ、素晴らしい音楽。時にはアイスの当たり棒だったりするし、西武ライオンズの劇的な勝利だったりもする。マクドナルドで見た彼女の笑顔やナンバーガールの新しいアルバムもそうだ。
 そういう小さな幸せがマサオの日常に色をつける。他人にとってなんでもないことが、マサオを生かしている。
 でも、そんなマサオも『大人』と言われる年齢になって、日常に小さな幸せを見つけられなくなってきた。それは当たり前のことではあるけれど、マサオはそう簡単に片付けてしまうほど、まだ年老いていない。
 マサオはGと別れ、タワーレコードでナンバーガールの新しいアルバムを買い、家に向かっていた。その時、何の前触れもなくモノクロになりつつある記憶が突然、蘇る。それは二年も会っていない別れた彼女の記憶。
 彼女はマサオにとって初めての彼女だった。彼女の部屋に向かう時は、いつも待ち切れない思いだった。走って彼女の部屋まで行った。
「マサオって私んち来るとき、いつも息切らせてる」
 彼女にそう言われたのを覚えている。
 マサオは富士銀行前で信号待ちしながら思い出してみる。カシャカシャと音を立てるスライド写真みたいに彼女のことを。
 いつもブカブカのスニーカーを履いていた彼女。化粧が下手だった彼女。長かった髪をある日、突然バッサリ切った彼女。料理ができなかった彼女。しずかちゃんみたいな声の彼女。笑い出すと止まらない彼女。怒ると手のつけられない彼女。長電話が嫌いだった彼女。ベン・フォールズ・ファイヴが好きだった彼女。マサオを愛していた彼女。
 思い出してみて、特別切なくなったりはしなかった。マサオの頭の中に彼女がただの映像として映っただけだった。何の感情も思い起こさせない薄っぺらな映像。
 でも、彼女といた時の方が小さな幸せをたくさん感じていたかもしれないということにマサオは気がついた。〈恋をしろってことですか〉。マサオは心の中で呟く。
 待っていた信号が赤から青に変わる。マサオは信号を渡ろうとする。そこでマサオは、はっとした。ラブ・ストーリーは突然に。マクドナルドのあの女のコの姿を、横断歩道の向こう側に見つけたのだ。マサオは彼女に声をかけたかった。だけど、なんて声をかけたらいいのかわからない。彼女は駆け足で信号を渡ろうとしている。マサオはかける言葉を必死で考える。でも、何も思い浮かばない。時間を止めて、ふさわしい言葉をじっくり考えたかった。でも、時間は止まらない。ただ彼女とすれ違う瞬間、すべての音が消えて、スロー・モーションになっただけ。そんな気がしただけ。すれ違った後、マサオは振り返り、彼女の後ろ姿を見ていた。すぐに信号は赤になる。マサオは横断歩道を渡りきって、また振り返った。でも、彼女の姿は人込みの中に消えてなかった。
 声をかけていたら彼女と恋に落ちていた?〈そう、うまくはいかない〉とマサオは思う。きっと有り得ない。〈だけど、そこに何かドラマを期待しなくなるのはどうなのよ、人として〉ともマサオは思った。
 マサオは数秒前のことを少し後悔。でも、ナンバーガールの新しいアルバムを思って、すぐに立ち直ったのだった。

2002年12月記
[PR]
by nkgwkng | 2016-12-25 00:00 | お蔵入り

No.9/ときめきと勘違いは生きていくために必要

「なあ、レジのコ、かわいくなかった?」
 マサオは席に座るなりGにそう言った。Gはマックシェイク(バナナ味)を一口飲んでからそれに答える。
「そうだね。そんなかわいいってわけじゃないけど、笑顔がね」
「俺、ときめいちゃったよ」
「ときめいた? いいなあ、ときめくの。俺、最近、めっきりないな」
「なんだよ、そんなこと言っちゃって。彼女とうまくいってないのかよ」
「そういうわけじゃないけど、特別いいってわけでもない。もう長いからね、我々」
「長いよね、君達は」
 マサオとGはバイト帰りにマクドナルドへ来ていた。駅前ということもあり、店の中は騒々しい。女子大生が楽しそうに笑い合っている。予備校生達はテーブルにノートや参考書を広げているが、明らかに勉強している様子はなかった。話すことに夢中になっている。ギターケースを脇に置いた連中も騒がしくて、どうやら音楽の話で熱くなっているらしかった。マサオはマックシェイク(バニラ味)を飲んで話を続けた。
「さっきのコ、『やまだかつてないテレビ』に出てた女のコに似てなかった?山田邦子と『さよならだけどさよならじゃない』って曲歌ってた」
「えー、誰なのそれ? 全然わからないよ。そもそも『やまだかつてないテレビ』も見てなかったし。それ、いつ頃の曲?」
「知らない? 俺が中学卒業する時に流行った記憶があるから、Gは高一?」
「高一。じゃあ、もうその頃は部活でそれどころじゃなかったよ。朝から晩まで野球していた」
「G、野球部だったんだよな」
「Gっていうのも野球部の先輩につけられたんだよ。Gっていうのは『自慰』のことなんだよね。自分で慰める『自慰』。先輩がふざけてつけたの」
「カッコワルッ。Gって響きカッコいいなって思ってたのに」
「みんなそう言う。でも、実はGじゃなくて『自慰』っていう…」
「いやー、Gも見かけによらず、背負ってんね、暗い過去を」
「でも、笑えない?」
「笑える」
「でしょ。そういうわけで、その曲もそのコのことも知らない」
「そうか、知らないか。似てると思うんだけどな」
「てゆうか、最近ときめき過ぎじゃない?」
「そお?」
「そうだよ。この間も無印の人に惚れたとか言ってたし、あと『サムタイム』だっけ? 喫茶店の。そこのお姉さんがいいんだわーとか言ってたし」
「いいよー、あのお姉さん。昨日なんか親しみを込めた笑顔で『こんにちわ』って言われたもん、向こうから。俺に気があるのかね」
「ないない。仕事用の笑顔だよ」
「そんなこと言うなよ。いいじゃん、そのくらい勘違いしたってさ。基本的に寂しがり屋なんだよ、俺は」
 そうマサオが言うとGは「確かに」と言って深く頷いたのだった。
 地下一階の店内は至るところで盛り上がっている。タバコの煙がすごい。マサオはマックシェイクを飲み「やっぱ俺もバナナにすれば良かったよ」と呟いた。
 「ナンバーガール、今日でしょ」
 Gはストローを噛りながら言う。
「そう。帰りにタワーで買う。実はすごい楽しみなんだよね。待ち切れないって言うの? こういうの久し振り」
「あー、それなんとなくわかる。俺も中学の時、『ドラクエⅢ』やるの待ち遠しかったな。買ってから家に帰るまでが遠く感じてさあ」
「そうそう。エロ本とか買って帰る時もそうじゃなかった?自転車、全力でこいでんのに全然前に進まないの。気持ちだけはもう家に着いてて」
「勇み足状態」
「で、そういうときに限ってクラスのヤツに会ったりするんだよね。あれ結構、修羅場」
「バカだよね」
「バカだった、中学ん時は」
「でも、最近、そういうのってあんまりない。大人になったってことですかねえ」
「それはなくしちゃいけない感覚でしょ、人として」
「てゆうか、エロ本とナンバーガール、並べて語るのもどうかと思うよ」
「そりゃそうだけど」
 マサオとGは三十分くらいそこで話をしていた。女子大生達と予備校生達は先に帰った。でも、次々と若者達が騒々しさを持ってやってくるので、店内は静かになることがなかった。帰り際、マサオはレジを見る。彼女は相変わらず忙しそうに働いていた。でも、その笑顔は疲れを知らず、マサオはまたしてもときめき、未練を残して店を出たのだった。

2002年12月記
[PR]
by nkgwkng | 2016-12-24 00:00 | お蔵入り

No.9/スマイルはお金で買えない

 ナンバーガールのライヴを見て、とにかく何かを始めたい気分になったタエコ。その方程式は「ロッキー4」を見終わったあと、無性に山方面に駆け出したくなるのに似ている。
 次の日にタエコはギターとアンプを買った。予算は五万円だったのに、八万円分買ってしまう(ローン六回払い)。
 そういう事情もあり、タエコはマクドナルドでアルバイトを始めた。思っていたより忙しく、日々があっという間にすぎていった。
 スマイルは初め、うまくできなかった。でも、日を重ねるうちに良くなっていった。店長に「笑うとなかなかかわいいね」と言われて(それは彼の作戦)、それをきっかけにタエコはうまく笑えるようになっていった(彼女は普段からそういう単純な性格)。タエコがアルバイトを始めてから、何人かの友達に「かわいくなった」と言われたのは、そのスマイルのおかげ。それからタエコ自身もタエコのまわりも、少しづつ変わっていった。
 十一月二十二日はタエコの二十二歳の誕生日で、どこから情報を仕入れてきたのか知らないが、同い年のバイト君にタエコは突然プレゼントをもらったのだった。
 「何で私の誕生日知っているの?」
 ありがとう、と言う前にタエコはあからさまに不審そうな顔をしてそう言った。
「前、そんな話したことあるから」
 どことなく落ち着かない表情で彼は言った。誕生日の話をした覚えはタエコになかった。
 その数日後、タエコはその男から合コンに誘われる。マクドナルドチーム四名とセブンイレブンチーム四名による謎の合コン。それは、タエコと同い年のバイト君とセブンイレブンの代表君が、高校時代からの友達ということで実現したのだった。タエコは合コンに行ったことがなく、気は進まなかったのだが、断わり方を知らないので行くことになってしまった。当日、生粋のスマイリスト達の中で最も素晴らしかったのはタエコのスマイルで、それはなぜかというと、他のメンバーがアルコールによっていつも通りのスマイルができなかったからであった。タエコは緊張のせいでほとんど酔わなかった。もちろん楽しくなんてなかった。
 その帰り、タクシーでバイト君に送られる。彼はタエコの部屋に行きたがっていたが、何とか彼を振りほどいて、部屋に逃げ込んだ。部屋に入るなりタエコは気持ち悪くなって、トイレで吐いた。それを流した水の音がやけにうるさかった。ため息。気を取り直して立ち上がり、顔を洗い、歯を磨く。テレビをつけたら「ジャッジ・ドレッド」という深夜映画がやっていた。シルベスター・スタローンが出ていた。面白くなかった。
 その数日後、ハヤシが恋人(男)と店に来た。彼らは「ダブルチーズバーガーセット」と「フィレオフィッシュバーガーセット」を注文した。去り際、ハヤシは声に出さないで「がんばって」とタエコに言った。それを見たタエコも声に出さないで「ありがとう」とハヤシに言った。
 その夜、タエコの部屋にハヤシから電話がかかってくる。「タエコちゃん、仕事モードのスマイルだったよ」とハヤシは言った。タエコは言葉にはしなかったけれど、それがすごくショックだった。ハヤシが店にやって来た時、タエコは本当に嬉しくて笑ったから。
 何かを手に入れると何かを失う。
 タエコはスマイルを手に入れたばかりに、無器用な笑顔を失った。でも、新しいスマイルがタエコの日常に彩りを与えていることは間違いない。
 ところで、ギターはGコードとCコードを覚えた。でもFコードがうまく押さえられなくて、今はあまりギターに触ることがない。
 そんなある日、ナンバーガールのライヴアルバムが発売された。あのライヴの模様が収録されたアルバムだ。
 「いらっしゃいませ、こんにちは!」
 その日もいつも通りのスマイルでタエコは働いた。ナンバーガールのことはすべて忘れて(無理矢理)。客は途切れることなくやってくる。ものすごい量のハンバーガーが、ものすごいスピードで消えていく。それと同じだけタエコもスマイル。それは一円にもならないスマイルだった。そして、それは彼女自身あまり好きではないスマイルだった。
 でも、そのスマイルにちょっとした恋をしてしまう男は案外多かった。ある男は彼女のスマイルを見て、それまでの苛立ちを忘れてしまうし、ある男は何日かあとに彼女のスマイルを思い出して、なんだか得したような気分になるのだった。そんなふうにタエコはあまり好きにはなれないスマイルで、見知らぬ男達の一日を彩っているのだった。もちろん、タエコはそのことを知らない。

2002年12月記
[PR]
by nkgwkng | 2016-12-23 00:00 | お蔵入り

No.9/涙を流しているのは誰だ!

 タエコはライヴが始まってから、ずっと汗が止まらなかった。三曲も終わらないうちにクタクタになってしまい、日頃の運動不足を悔む。もちろん、それでも演奏は容赦なく続いた。彼らは気合い十分だったし、演奏も素晴らしく、フロアも興奮状態で室温は始まる前と比べて間違いなく五、六度は上がっていた。汗が蒸気となって立ち上がる。鋭角のサウンドがそこにいる全員を一人残らず滅多斬りにする。彼らはMCをほとんど入れずにテンポよく演奏を続けた。曲が重なるにつれ、タエコの体が悲鳴をあげた。けれど、タエコはそこで飛び跳ねることをやめられなかった。意識がどんどん吹っ飛んでいった。でも、反対に感覚は研ぎ澄まされていった。
「あのコは何でも知っていたんです。…あのコは十七歳だったんです。夢の中で…十七歳だったんです…」
 中盤に差しかかった頃、ヴォーカルの向井がそう言って始めたのが「YOUNG GIRL 17 SEXUALLY KNOWING」だ。歌の中の彼女は十七歳で、幼い頃から多くのことを知っていた。タエコはそんな彼女のことを想像してみる。そう、例えば彼女はこんな十七歳。
 色白で髪が長くて、勉強はそれほどできるわけではないが、真ん中くらいの成績。なかなかの美人で、笑顔は大人っぽく、運動はからっきしダメ。クラスの出席番号は九番。英語のマツオ先生を密かにカッコいいと思っている。「トレインスポッティング」の時のユアン・マクレガーに本気で恋をした。それを友達に言ったら、冗談だと思って信じてくれなかった。初恋は小学校六年の時。村上春樹が好き。岡崎京子が好き。安野モヨコは嫌い。セブンイレブンよりファミリーマートが好き。ドラえもんはあまり好きではない。五歳の時に鉄棒から落ちて、左眉毛の上を縫った。左手の甲にホクロがある。A型。十一月生まれで夏が嫌い。スノーボードはできない。英語もできない。だから、外国人は苦手。でも、インド料理は好き。ナンが好き。ダイエットは長く続かない。特別太っているわけでもない。虫歯が一つある。親に言えない秘密が二つある。眠れない夜がある。万引きをしたことがある。悲しみを知っている。吉祥寺においしいカレー屋を知っている。一人でいることが多い。わがままな、泣き虫な、独り善がりな、夢見がちな、欲張りな、控え目な、楽しげで寂しげな、そんな十七歳。
 気がつけば、それはタエコ自身に近かった。ただタエコは二十一歳で、いくつかの悲しみしか知らなかった。小学生だった頃に飼っていたインコの逃走、祖母の死、失恋。彼女が知っている悲しみとはそれくらいのものだった。けれど、彼女は知っていた。悲しみを知らなければ逞しくなれないし、生きていけないということを。
 現実は厳しい。
 思考能力がわずかに残る意識の中でタエコはそのことを思い知った。なぜか泣きたかった。感覚が敏感になっていたせいもあるだろう。でも、タエコは泣かなかった。戦っている人は決して泣いてなんかいないということを、本能が察知していたから。
 でも、その次の曲が大好きな「透明少女」で、結局号泣。鼻水を流しながら号泣して、なのに笑顔だった。〈ひどい顔してる!〉とタエコは思ったけれど、その時の彼女はキラキラ光っていた。ダイヴしている人も歌っている人も、泣いている人も暴れてる人も、みんなそうだった。キラキラがフロアを包み、誰もがすっかりヤラれていた。
 それは二度と有り得ないような奇跡の瞬間だった。九死に一生を得るくらい。ジョン・レノンとポール・マッカートニーが出会ったくらい。人がタイムマシーンを開発するくらい。
 そして、その奇跡はその後も続いた。空気は熱さで膨張し、照明の光は汗と蒸気と一緒に飛び散った。ダイヴ、ダイヴ、ダイヴ。フロアは制御不能。ナンバーガール自身も意識が吹っ飛び、コントロール不能。でも、決して暴走することはなかった。彼ら自身の中の神がかり的な存在が、彼らをコントロールした。一音一音が正確に鳴り、そこにいる者すべてを突き刺した。
 ライヴ終盤「日常に生きる少女」が演奏される。ものすごい音圧で、ギターとベースとドラムの音がグッチャグッチャに鳴る。フロアにまた人が押し寄せる。押し寄せる隙間なんて全くないのに。
 その後のことをタエコは覚えていない。その数十分間がすっぽりと抜け落ちているのだ。魂が肉体を超えて、タエコはすべてと一体になった。ギターの轟音になったり、向井の声になったり、フロアを包み込む熱気になった。始まりも終わりもない無の存在になって、タエコは踊り続けたのだった。

2002年12月記
[PR]
by nkgwkng | 2016-12-22 20:56 | お蔵入り

No.9/スメルズ・ライク・ティーン・スピリット

「タチバナ君てさ、ガンズ聴くんだって?」
 窓の外から夕焼けの光が差し込む放課後、誰もいない教室でマサオは宿題だったプリントを探し出すために、自分の机を漁っていた。そんなマサオにクラスメイトのヨコヤマヤヨイが声をかけたのだった。
「いきなりなんだよ。びっくりするじゃん。いつ教室に入ってきたんだ?」
「たった今よ。そんなびっくりしなくてもいいでしょう? あ、何か悪いことしようとしてたんじゃないの?」
 ヨコヤマヤヨイは意地悪そうに笑って、マサオを見つめた。彼女の顔に夕日が当たって、顔の産毛が黄金に輝いて見えた。
「何もしてねーよ。忘れ物したから取り来ただけだよ。ほら、英Ⅲのプリント、明日までに提出でしょ?」
「えーっ、まだやってないの? 一週間前に出されたのに」
「ヨコヤマさん、もうやった?」
「当然でしょ。宿題出た日にやったもん。ナカヤマ先生恐いから。言っとくけど、タチバナ君にはプリント見せないからね」
「何だよ、見してって言おうと思ったのに」
「私、ヤマダさんみたいに怒られるのヤだもん。ヤマダさんの場合、見せてって言われたら断れない性格だから、イモヅルシキにみんなにまわっちゃって、結局ヤマダさんが一番怒られて。かわいそうだったよ」
「あの時、俺も写してたんだよね。悪いことしたと思ってるよ、そりゃ。どーでもいいけど、今のイモヅルシキっていう言葉の使い方は違くないか」
「そう? 私はいいと思うけど」
「なんとなく違う気がしただけ。まあどっちだっていいよ、そんなの。で、プリント見してくれるんでしょ? 今度はバレないって」
「だから、イヤだって言ってるじゃん。知ってる? ナカヤマ先生、ミワコちゃんのこと殴ったんだよ」
「あれって部活ん時にバスケットボールがぶつかったんじゃなかったの?」
「違うよ、ナカヤマが殴ったんだよ」
「何で?」
「練習試合でパスミスして」
「うそぉ。じゃあ、グーで殴ったんだ」
「ううん、パーで平手打ち」
「ハァ? あのさ、平手打ちであんな腫れ方しないッスよ」
「でも言ってたもん。モモコちゃんが」
「モモコが? あー、そりゃダメだわ。あの腫れはバスケットボールが当たってということに決定だな。ま、そういうわけでプリント貸してよ。ホレホレ」
「もぉっ。だからダメって言ってるでしょ。殴られたくないもん、私」
「いいじゃんっ、見してくれたってぇ」
「あのさ、プリント見せてって言うわりには、態度デカくない?」
「いやぁ、そんなことないッスよ、ヨコヤマさん。かなり尊敬してます。もうね、緊張して萎縮してしまうくらい。で、プリント見していただけるんですよね?」
「見せたくてもさあ、今ないんだよねー。プリント、家に置いてある」
「うそぉ! マジで言ってんの? えー、マジでぇ。うわっ、信じらんない。かなり期待したのに。というかさ、さっきからプリント探してるんだけど、ないんだよね。どっこにもない」
「ほったらかしにしといたタチバナ君が悪いのよ。ジゴウジトク。明日はナカヤマ先生に殴られる運命なのね、きっと」
「うわっ、なんて人だ。え、本気でそれ言ってんの?」
「明日の朝にソッコーで見せてあげてもいいけど、プリントがなきゃダメじゃない」
「見してくれる? ホントに? やっぱヨコヤマさんいい人だわ。つーか、惚れたね」
「ハイハイ。でもどーすんの、プリント」
「思ったんだけど、オオクボはまだやってないと思うんだわ。いつも当日の朝にやってるから」
「野球部なのに頭いいもんね、あの人。野球部で成績がまともなのって、オオクボ君だけなんでしょ」
「しかもあいつ、二年の時から試合出てたよな。すげえよ。いつ勉強してんだろーな。まあ、そんなことはいいんだけど、だからさ、多分、机ん中にプリントあるんじゃないかと思うわけ。それを図書室でコピーして来てですね…。というわけで、誰か来ないか見張っててくれる? 念のために。オオクボに知れたら怒りそうだし」
「結構、小心者?」
「失礼な! 慎重派なの、オレは」
「小心者だから慎重なんでしょ」
「違うよ!」
「そんなムキにならなくても…。見ててあげるから、早くやっちゃってよ」
 と言った後、ヨコヤマヤヨイは出入りするドアから顔を出して誰か来ないか見ていた。〈それじゃ見張ってますって言ってるようなもんじゃないか!〉とマサオは思いながら、少し彼女の後ろ姿に見とれた。長くて白いきれいな彼女の両足にドキリとした。マサオはオオクボの机に移動する。机を漁りながらマサオは彼女が初めに言った言葉を思い出した。「ねえ、ヨコヤマさんもガンズ聴くの?」
 ヨコヤマヤヨイは振り返って大声で言う。「やっぱ、タチバナ君も聴くんだ?」
「そんな大きい声出すなよ」
 と言うマサオの声もかなり大きい。
「タチバナ君はさ、何の曲が好き?」
 ヤヨイの声はさっきと変わらない大きさ。マサオも〈まあいいか〉と思って大きな声で言う。
「たくさんあるな。『ドント・クライ』とか『スウィート・チャイルド・オブ・マイン』とか『ペイシェンス』とか」
「『ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア』は好き?」
「もちろん! ヨコヤマさんは?」
「私も好き。あとはね『ウェルカム・トゥ・ザ・ジャングル』でしょ、『パラダイス・シティ』でしょ、タチバナ君が言ったのは全部好きだし、あと『ノーヴェンバー・レイン』も好きだな」
「俺も好きだけどさ、『ノーヴェンバー・レイン』は長すぎない?」
「でも好きなの。結構、ガンズの曲はどれも好きだよ。ねえねえ、『リヴ・アンド・レット・ダイ』って曲が『元気が出るテレビ』で流れてるの知ってる?」
「知ってるけど、俺『元気が出るテレビ』あんま見ないや」
「ふうん。じゃあ『ターミネーター2』は見た?」
「見た見た。あ、あったよ」
「え、何が?」
「何がってプリントだよ」
「あ、プリントね。すっかり忘れてた」
「忘れてたって、アンタねえ」
「ゴメンゴメン」
「まあ、結果オーライってことで、ありがとね。話は戻るけど、『ユー・クッド・ビー・マイン』て『T2』ん中でメインじゃなくて残念だったよな」
「でも、映画は面白かった。あの悪役の人、ホント恐かった。こーんなふうに走ってて」
 ヨコヤマヤヨイはその異様な走り方を真似しながら、マサオのところまで戻ってきた。マサオはそれを見て笑い、そのままオオクボの席に座る。
「ヨコヤマさんって、意外とバカやるね。面白いよ」
「私って一見、地味だからそう見えないのよ。ホントはバカなことばかりしてるのに」
「地味だって、自分で言うなよ」
「タチバナ君もハッキリ言うねえ」
「でも、大丈夫だよ、ヨコヤマさんは。そうやって自分のことわかってるし、根は明るいんだし」
「それ、褒めてんの?」
「いちおね」
「プリント見してもらうから?」
「そうかも。どーでもいいけど、ヨコヤマさんはガンズのCD全部持ってんの?」
「実は一枚も持っていない。お兄ちゃんが全部持ってて、それをテープに録音して聴いてた。でも、春からお兄ちゃん、東京の大学に行っちゃったから、今は勝手にお兄ちゃんの部屋でCD聴いてるんだ。タチバナ君は?」
「俺は『ユーズ・ユア・イリュージョン』のⅠとⅡと『アペタイト・フォー・ディストラクション』。あとはレンタル屋で借りた」
「ガンズ以外だと何聴く?」
「うーん、ビートルズとかマイケル・ジャクソンとかパンテラとか。あとブルーハーツも好きだ」
「私もブルーハーツ好き。マーシーかっこいい。ねえ、ライヴ見たことある? すごいんだよ。ヒロトさんジャンプしまくってて」
「見たいなあ、ブルーハーツ。ヨコヤマさんは見たんだ。いいな。ほかには何聴くの?」
「お兄ちゃんがいっぱいCD持ってたから、比較的何でも聴くよ。でも、最近自分で買ったのはニルヴァーナっていうバンドのCD。タチバナ君はニルヴァーナって知ってる?」
「知らない。どんなの?」
「どんなのって言われてもなあ。よくわかんない。なんかねえ、痛いんだ。今度カセットに録音してあげるよ」
「じゃあ、カセット持ってくるわ。ところでヨコヤマさん、何しに教室来たのさ」
「えー、別に用はないよ」
「用なくて教室来ないでしょー。誰か待ってんじゃないの? まあ、あんまり深くは聞きませんが」
「何よ、ワイドショー見てるおばちゃんみたいな顔しちゃって。興味津々ってカンジじゃない」
「そう? そんなことないよ。とりあえず俺、図書室行かなくちゃ。戻ってくるから電気消さなくていいよ」
 マサオは立ち上がり、教室を出ていこうとする。
「あ、明日、プリントよろしくね」
「うん。でも、できるところは自分でやっておいたほうがいいよ。結構バレるから」
「わかった。やれるところはやっとく。じゃ、明日ね」
「バイバイ」
 教室を出てすぐに、マサオは同じクラスのタキモトとすれ違った。「じゃーな」と言いつつ〈ヨコヤマさん、タキモトと付き合ってんの?コバヤシとじゃないのかよ〉とマサオは思った。図書室へ向かう渡り廊下を歩くと、グラウンドの方から野球部が練習する声が聞こえた。オレンジ色の太陽がやけに眩しい。「青春だねえ」とマサオは呟いて、図書室までの階段を駆け上がったのだった。

2002年12月記
[PR]
by nkgwkng | 2016-12-21 00:00 | お蔵入り

No.9/ウェルカム・トゥ・ザ・ジャングル

 マサオは渋谷センター街をクラブクアトロに向かって走っていた。でも、人通りが激しく、思い通りのスピードで走れない。時刻は午後七時過ぎ。ナンバーガールのライヴが始まってしまう。気持ちが焦り、すれ違った女子高生とぶつかる。マサオは足を止めずに振り返り、彼女に「スミマセン!」と言った。彼女も振り返って「ごめんなさい」と言う。その顔にマサオは見覚えがあった。マサオは足を止め、駅に向かって歩くその後ろ姿を見つめた。でも、マサオの知っている女のコではなかった。彼女はマサオが高校生だったの時のクラスメイトに似ていただけだった。好きでもなく嫌いでもなかった女のコ。名前は忘れてしまった。思い出そうとしているうちに、彼女は人混みの中に消えた。いつの間にか消えた。
 マサオはクラブクアトロに向かって、再び走り出す。その時、マサオは彼女と放課後にガンズ・アンド・ローゼズの話で盛り上がったことを思い出した。でも、クラブクアトロの階段を駆け上がる頃には、もうそのことを忘れていた。だから彼女の名前をマサオは思い出せないまま。
 息を切らせて、マサオは会場に飛び込む。幸運にもライヴは始まっていなかった。そこはすでに異様な雰囲気。誰もがナンバーガールの登場を待ち焦がれて落ち着かない。今にも「ムキーッ」と奇声をあげそうなヤロウが、うようよいた。会場はギュウギュウで、タバコと酒と汗の匂いが充満していた。独特な雰囲気にマサオは気後れしそうになる。とりあえず、ビールを飲んで落ち着こうとする。が、そのビールを飲み干さないうちに客電が落ち、ナンバーガールの登場。大勢の人がステージ前に押し寄せて、早速修羅場と化す。マサオも遅れまいとビールを一気に飲み干して、その人混みの中に飛び込んだ。切れた息がまだ整っていなかった。
 ステージに立ったメンバーが個々に音を出して、自分の楽器や他のメンバーとの気持ちのシンクロ具合を確かめる。それは会場の興奮をも高め、早くも危険度はレッドゾーンに突入。狂気と狂気と狂気と狂気が交錯する。しかし、メンバー達は至って冷静だ。悟りに達した武士のような静かな表情で立っていた。
 一曲目のベースが静かに鳴り響くと、いよいよだとばかりに「ウォーッ!」と歓声が揚がる。その興奮が弾けるまでに時間はかからない。荒っぽいギターの音がフロアに火を放ち、次の瞬間、フロアは暴動のような騒ぎになった。爆音に合わせて客は飛び跳ねクアトロは揺れた。そこにいる人と音と空気が、一体となってクアトロを揺らしているのが実感できた。そんな光景を目の前にしてマサオはかつてないほど興奮した。全身が鳥肌だらけになり、底の知れない暴力的衝動に駆られた。暴れずにはいられなかったし、叫ばずにもいられなかった。一曲目にしてテンションは最高潮。気が狂れて、体の底が熱かった。
 立て続けに二曲目。「IGGY POPFANCLUB」。その曲は昔の恋人と聴いた曲を聴いて、その彼女の顔を思い出した、という内容の曲だ。
 思い出してる!
 思い出してる!
 思い出してる!
 そう叫ぶヴォーカルの向井を見て、マサオはあの時の放課後を思い出した。名前の思い出せないあのコと話した、放課後の気分と匂いを。ほんの一瞬だけ思い出したその映像は、カラーでもなくモノクロでもなく、オレンジ色だった。

2002年12月記
[PR]
by nkgwkng | 2016-12-20 00:00 | お蔵入り

No.9/スマイルは0円

 タエコがマクドナルドでアルバイトを始めたのは二ヵ月前のことだった。ロッカー室兼事務所の狭っ苦しい部屋で面接をした。面接といってもそれほどお堅いものではなく、履歴書を店長に見せ、マクドナルドについての簡単な紹介ビデオを見せられたくらいだった。何のための面接かよくわからないまま、翌日からタエコはマクドナルドで働き始めた。
 マクドナルドの仕事には信じられないほどマニュアルがたくさんあり、それを実行するのは並大抵では出来ないとタエコは思ったけれど、覚えてしまえばそのマニュアル通りに動けばいいわけで、それならば何も考えなくていいから楽チンだな、ともタエコは思った。でも、そこで三年働いている先輩は「マニュアルを応用して次に進むには、やる気と能力がなければできないんだ」と真剣な顔で言った。でもタエコは〈ずっとここでバイトをするわけじゃないし〉と思って、適当に聞き流したのだった。
 タエコがマクドナルドで働き始めたことに特別な理由があったわけではない。彼女は時間を持て余しがちで、アルバイトを始めたのは、単なる時間潰しにすぎなかった。彼女は大学も比較的暇だったし、友達と遊びに行くこともあまりなかった。というよりほとんど友達がいなかった。恋人もいなかった。彼女はどちらかというと、ひとりぼっちだった。彼女にはそれが普通で、日常だった。それに慣れてしまっていた。だから辛くはなかった。でも、寂しくて仕方のない夜も時々あって、そんな夜は吉祥寺駅前のマクドナルドへ行き、ハンバーガーを食べた。彼女は決まって『てりやきマックバーガーセット』を注文し、地下の壁際の席に座って、オレンジジュースを飲んだ。そこからはいろんな顔が見える。退屈そうにしている顔。恋している顔。バカみたいに大笑いしている顔。怒っている顔。顔で笑って心で舌を出している顔。強がっている顔。困っている顔。子供みたいに嬉しそうな顔。そこでいろんな顔を見ているうちに、タエコは寂しくなくなった。それは気のせいかもしれない。彼女自身もそれに気がついていた。でも、気がつかないことにしていた。
 九月のある夜、タエコはその席にいた。そこからいろんな顔を眺めながら、ウォークマンを聴いた。それは、タエコの大好きな曲。彼女の中での九十九年ベストシングル。ナンバーガールの「透明少女」。何回聴いても飽きなかった。
 家に帰ると十時過ぎ。留守番電話、再生。
「あ、どうも、ハヤシです。この間言っていたナンバーガールのライヴ、行ってもいいかなと思ってます。良かったらケータイに電話下さい。んじゃ」
 二人が知り合ったきっかけは、入学した当初の同じ日の同じ授業で同じミッシェル・ガン・エレファントのTシャツを二人とも着ていたことだった。話してみたら音楽の趣味が合った。だけど、二人は恋人同士にはならなかった。彼はゲイだったから。初め、タエコはそのことを知らなかったので、少し彼に気があった彼女は、それとなく彼を部屋に誘った(本来、タエコはそんなに積極的な女ではない)。でも、彼はタエコに指一本触れようとしなかった。テレビのバラエティー番組を見て大笑いし、ビデオを見て大泣きしていただけだった。タエコはそんな彼を見てかわいいなと思い、そして傷ついた。それから彼女は彼に恋するのをやめたのだった。
 ナンバーガールのライヴには結局、彼は行かなかった。同じ日のアタリ・ティーンエイジ・ライオットのライヴに行ってしまったのだ。そういうわけで、タエコは渋谷クラブクアトロまで一人で行った。でも、寂しくはなかった。だって、大好きなナンバーガールのライヴだったから!

2002年12月記
[PR]
by nkgwkng | 2016-12-19 00:00 | お蔵入り