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【400字小説】二奈

「もうそんな店で働くのはやめないか」

着替える二奈に純は言う。

「そんな台詞、今時昼ドラでも言わない」

背中のファスナーを上げながら、
バカにしたように二奈は笑った。
彼女はキャバクラで
働いていて、純にはそれが気にくわない。

「純の方こそバンドなんかやめればいいのよ。
バイトもやめて
ちゃんとした会社で働いてくれたら、
あたしだって仕事やめれるし」

部屋の隅にギターと、
ピンチハンガーにかかった
洗いたてのブラジャー。
純は思いついたようにCDを取り出し、
ある曲をかける。
「この曲、知ってるか?
この曲の主人公も彼女に
『そんな仕事はやめろよ』って言うんだ。
彼女は娼婦なんだけどな」

「演出のつもり?
あたしは娼婦なんかじゃないし。
つーか何? このヘタくそな演奏は」

たとたどしいベースラインと
古臭いコーラス。
純は黙り込んで、
化粧する二奈を鏡越しに見ている。■
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by nkgwkng | 2013-11-30 06:21 | 400字小説

【400字小説】冷めた、

和成が帰ると恵美はもう眠っていた。
食卓に置き手紙。
リモコンでテレビをつけるが、
起ち上がりが遅い。
そろそろ新しいテレビがほしいと思う。

恵美を起こしては気の毒だから、
テレビの音は消す。
画面ではテロリストが
音の出ないマシンガンをぶっ放していた。
冷蔵庫を開ける。
特別なものは何もない。
ペットボトルの水を取り出す。
コップに水を注ぐ一瞬の間、
その音が部屋を支配した。
和成は置き手紙に目を通す。

この半年ほど、和成は恵美と
まともに話していない。
メールもしない。
仕事が忙しく、いつも深夜の帰宅だった。
恵美は毎朝早くに家を出ていく。
この置き手紙だけが
恵美の気持ちを知る唯一のツールだった。

冷凍ハンバーグを電子レンジであたためている。
恵美との温度差を元に戻すことは
もうできないのかもしれないと思いながら
和成はキッチンに立っていた。
リビングでは声を出さずに
テレビがテロの脅威を語っている。■
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by nkgwkng | 2013-11-29 07:24 | 400字小説

【400字小説】おとぎばなし

鈴子が孝太郎の部屋に
転がり込んだのは、10ヶ月前の話。
その日から飼っていた猫が戻ってこない。
孝太郎は少し太ったその雌猫のことを
「マルガオ」と呼んでいた。

「マルガオが帰ってきたら、彼女、あたしを
追い出そうとするかな」

或る夜、眠りにつく前に鈴子が訊いた。

「大丈夫、何にも問題はない。
彼女はいい子だからね。
うまくやれるさ」

三人で暮らしたら、どんなに楽しいだろうか
と孝太郎は思う。
一方でマルガオが戻って来ることを
恐れている孝太郎もいた。
彼女が帰ってきた途端、
今度は鈴子がどこかへ
行ってしまうのではないかと思って。

「そんなことあるわけないじゃない。
村上春樹の小説じゃあるまいし」

「そう思ってるけどさ。でも、なんかね」

消したばかりの蛍光灯が
青っぽく光って見える。
かすかに猫の鳴き声が聞こえたと思ったら、
鈴子のいたずらだった。■
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by nkgwkng | 2013-11-28 05:59 | 400字小説

【400字小説】その手を

踏み切りの音がカンカンうるさい。
真央と不動産屋の前で貼り紙を見ていた。
条件に合う物件なくて、鉄雄は疲れ果てている。
それでも真央の声は明るい。

「ここの不動産屋、入りにくいね。
踏切渡ったもう一軒の不動産屋に行ってみよう」

鉄雄は仕方なく頷く。
踏み切りが開くなり、
急いで発進する車、排気ガスを撒き散らす。
そのけたたましいエンジン音が
耳から剥がれぬ間に、
また踏み切りが鳴った。
真央は鉄雄の手を掴んで走り出す。

「鉄雄と住めるならどんな部屋でもいい」

そう言うわりに、真央の注文は多かった。
トイレと風呂が別々であることはもちろん、
オートロックで、部屋は振り分けで…。

「俺の給料じゃ、そんなとこには住めんよ」

本当は部屋が見つからなければいいと思う鉄雄。
結婚する覚悟ができないでいるから。

真央は鉄雄の手を引っ張って走る。
その手を振りほどきたい。■
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by nkgwkng | 2013-11-27 05:31 | 400字小説

【400字小説】おんなごころ

欣一はスポーツ新聞社の新入社員。
芸能担当で毎日、有名人を追いかけている。

「宮沢りえ、きれいだったな」

夜遅く家に帰った欣一は、
同棲している恋人・百合に
その日の仕事の話をした。

「映画の制作発表があってさ。
記者がいっぱいいて近づけなかったけど、
やっぱ美人は遠くから見ても美人だなあ」

百合は見ていたお笑い番組から目を離さない。
けれど、笑いもしない。

「もしかして怒ってる?
俺、悪いことしたっけ?
朝、台所に洗い物残していったから?」

欣一には、なぜ百合が機嫌を損ねたのか、わからない。
百合は試しに「宮沢りえに求婚されたら
どーする?」と欣一に訊く。

「そりゃ、すぐ結婚するに決まってるじゃん」

少しも迷わず欣一はそう答えたのだった。
「あ、そう」と不機嫌そうに百合は言う。
テレビをブチッと消して、すぐに寝てしまった。
欣一には女心がわからない。■
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by nkgwkng | 2013-11-26 06:49 | 400字小説

【400字小説】でも

白いまな板に、半球体のたまねぎ。
恵は研いだばかりの包丁で、
それをみじん切りにしていく。
涙ぐむ。
たまねぎにヤラれて。

恵は幸せだった。
結婚してから五年。
夫は真面目なサラリーマンで、
やさしく、顔も彼女の好みで、
稼ぎも悪くない。
自分の料理をおいしそうに食べてくれることが、
何よりも嬉しかった。
不満なんて何一つない。
平凡でささやかだけれど、
そのかわり、絶望的な悲劇も起きない毎日。

たまねぎを切り刻むリズムが
台所で反響する。
ラジオから流れる歌を口ずさむ。
それは失恋の歌だった。

叫ぶほど激しく、
涙も出ないほど哀しい恋を、
恵はしたことがない。
何度か経験した失恋は、
それほど堪えなかった。

「それはすごく不幸なことだよ」

いつか友人にそう言われたことを、思い出す。
かつては聞き流せたその言葉に、
恵は包丁を持つ手を止めた。■
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by nkgwkng | 2013-11-25 05:41 | 400字小説

【400字小説】密会

「明日3対3で合コンするからお前も来いよ」

「あ、え、それ、マジメな話ですか?」

「そう。お前に来てほしいの」

「だって、俺、嫁いますよ」

「いいのいいの。言わなきゃわかんないから」

そんなわけで、柏木は既婚者でありながら
合コンに行くことになった。
「数合わせのつもりですから」と
先輩の岸田には言ったものの、
結局は下心があるから行くのである。
どんな女のコが来るのだろうと、
想像するだけで楽しい。
なかなか寝つけない夜を過ごして、
とうとうその時がやってきた。

先輩の岸田たちと待ち合わせ、
相手が待つ店に心を躍らせながら向かう。
着いたのは、小洒落た洋風居酒屋の個室。
が、そこにいたのは、坊主頭の男3人。

「岸田さん、今日って3対3じゃないんスね」

「いや、見た通り3対3だよ」

「…えっ?」■
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by nkgwkng | 2013-11-24 08:25 | 400字小説

【400字小説】後悔

会社の仲間たちと飲んだ帰り。
良は後輩の麻理子と
帰る方向が同じで、
一緒の電車に乗った。

「高木さんは何線乗り換えだっけ?」

「六本木で日比谷線です。
でも、この時間だと電車ないかも」

電車がなかった時、どうするのか。
良はそれを聞きたかったが、
下心があると誤解されては困るので
深く訊けない。
しかし、後輩を深夜の六本木で
一人にするのは無責任だ。
かといって、家に帰らなければ
妻が浮気と疑うに違いない。
どうすべきなのかわからず、
困ってしまう良。
麻理子は「大丈夫です、きっと
なんとかなりますから」と笑った。
良はその言葉を言い訳にして、
彼女と別れた。

次の日の朝。会社に着くと、
昨日と同じ服の麻奈美が、
机に突っ伏して寝ていた。

「電車がなくて会社まで歩いて戻りました」

ボロボロの顔でそう言う麻奈美を見て、
良は昨夜の自分を責めた。■
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by nkgwkng | 2013-11-23 07:25 | 400字小説

【400字小説】餃子

約束の時間になっても多恵は
達郎の部屋にやってこなかった。
その代わりにやってきたのは
ラーメン屋の出前、なぜか餃子5人前。
達郎が「頼んでないです」と言うと、
出前のお兄さんはしぶしぶ帰っていった。

約束の15分オーバーの8時45分、
また誰かがドアをノックする。
が、それはまたしても、
ラーメン屋のお兄さんだった。

「店の者がこちらだと言うんですけど…」

しかし、達郎は餃子など頼んでいないので、
丁寧に断る。
お兄さんは泣きそうな顔で帰った。
5分後、また誰かがドアを叩く。

「また餃子かよ」と呟いたが、
そこにいたのは多恵だった。
しかも、手にはおみやげの餃子。
達郎は思わず笑ってしまう。

「何、笑ってんの?」

「まあ、とりあえず中入んなよ」

ドアを閉めると、餃子のいい匂いが玄関にこもる。
「さっき、出前が来てさ」と、
達郎はついさっき起こった出来事を話し始めた。■
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by nkgwkng | 2013-11-22 17:38 | 400字小説

【400字小説】浴槽

湯を張った浴槽に身を沈めている。
目を開けると天井が滲んで見えた。
心臓の鼓動は、
音というより震動として響いている。

直樹の友人たちは、
必死で就職活動をしている。
でも直樹は、何をやりたいのかもわからず、
ただなんとなく一日を過ごすばかりだった。
恋人はいない。
バイトもしていない。
死んでいるのと同じだと思った。

生きている実感が欲しかった。
浴槽に身を沈めるのは、そのためだった。
息苦しさを感じた時、
直樹は生きていることを実感する。
それが虚しい行為だということは、
わかっていた。
でも、しないわけにはいかなかった。

吐き出される二酸化炭素の泡は、
光の粒となって消えた。
直樹はもしこのまま
自分が死んでしまったら、と思う。
悲しんでくれる人は
片手で数えるほどしかいない。
世界の明日は、今日と変わらない。
剥き出しになる本当の現実。
耐えられない。
逃げるように、浴槽から飛び出した。■
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by nkgwkng | 2013-11-21 07:01 | 400字小説