「わたし、保育園のこと、よ~く覚えてる」と りおがマグカップに入ったコーヒーを飲みながら。 テーブルの上はピザやパスタが残った皿で賑う。 子どもたちはソファーでじゃれあい、 今にも店内を走り回りそうなテンションだから、 母親たちは警戒を怠らずに。 「あたしも覚えてない。 りおはどんなこと覚えてるの?」と 梨恵は訊きつつ、息子への注意も忘れない。 「海斗! 大きな声出さないで」と息子の尻を叩く。 それを気にせずにりおは続く。 「節分のために、鬼のお面つくったんだけど、 なくしちゃって、すごい泣いた思い出とか」 「えー、長野って女の子が鬼やんの?」 と言っためぐみは結婚を機に こちらへ引っ越してきた。 彼女は娘に結構あまいので 口うるさくはほどほどで。 「あとは男の子にプールに突き落とされたとか、 お母さんのお迎えがいつも最後とか」 そう言うりおは自分の子どもに無関心を装い。 「なんで保育園のこと覚えてないんだろ」 とめぐみが呟くと、りおが言った。 「楽しかったからだよっ」 ◆◆◆
#
by nkgwkng
| 2021-01-22 07:00
| 400字小説
赤がずらずらっと並んでいる。 デパートの食肉売り場。 「好きなの選べ」と父の徹夫が言った。 久しぶりに長野へ帰ってきた息子・信への 精一杯の愛情表現。 信は言葉に苦笑い。 好きなの、と言われても 全部同じような肉にしか見えない。 それもそのはず。 肉はずっと好きじゃないのに。 子どもの頃から。 でもそれに目をつむって、信は高すぎず、 安すぎない肉を指差す。 親の自尊心を傷つけない値段の肉を選んだつもり。 でも「それよりそっちの方がいいわよ」と 母の夕美が横から口を出す。 徹夫も「お母さんの言う通りだ。 そっちの方がうまそうじゃないか」だなんて乗っかる。 「それは高すぎるでしょう」 「子どもが親に遠慮するな。 お姉さん、これ、ちょーだい。 うん、それ、500グラム」 100グラム・ん千円する肉を 徹夫は躊躇わず頼んだ。 信はその親心が嬉しかったが、 そんな高級な肉にふさわしい調理方法を 知っている人間は、家族の3人の中に誰もいない。 その事実に気づきもしない父と母の愛が悲しい。 ◆◆◆
#
by nkgwkng
| 2021-01-21 07:00
| 400字小説
「高津はミッシェル好きだったんだっけ? じゃあ残念だったね。 おれ、アベに会ったことあるから、 死んだって聞いて驚いた。 ミッシェルは好きじゃなかったんだけど。 昔、雑誌の編集やってたことあってね、 取材に立ち会ったことあったのね。 『チキン・ゾンビ』だっけ? え、『チキン・ゾンビーズ』? どっちでもいいや。 アルバムちゃんと聴いたことないし。 ともかくその取材でね、会ったんだ。 みんないい人でさ。 特にベースのウエノは感じよかったよ。 アベはフツーでしたね。 ドラム以外みんなデカいからビビった。 アベはホントデカかったー。 撮影中はしかめっ面でさ、怖いっていうか、 チンピラじゃねえかって感じだったんだけど、 話すと気さくで。 アベは笑顔がかわいかったよ。 あっちの方が年上だけどね。 後日、ライブ見させられたんだけど、 ヘッドコーツのパクリじゃんって思った。 あ、ジャンクボックスにライヴ来た時、 昼間に4人揃って、 元屋でそば食ってたの目撃した……。 だから訃報は残念」 ◆◆◆
#
by nkgwkng
| 2021-01-20 07:00
| 400字小説
「会社にヒステリックなおばはんがいるんだけど、 昼休みにスイカ切って、珍しく女性陣にふるまったらしいんだわ。 おれ、それ知らなかったんだけど、 仕事終わったら、包丁持って会社の駐車場歩いてたからさ、 怖いを通り越して笑った」 沖広の話に小春は反応しない。 さっきから機嫌が悪い。 「あのさ、イライラしてるのを 態度に出すのやめてくれない? 大人気ない。 悪いけど、おれ、そういう人、一番嫌いだから。 自分はそうならないように気をつけてんだぜ」 小春はそれを聞いてさらに機嫌が悪く。 顔が試合前のプロレスラーみたいになっている。 はっきり言って恐ろしい。 それでも怯まず沖広は続ける。 「おれ、家族にだってそういう態度取らないの、 小春がよーく知ってるでしょ」 すると小春が言う。 「お義父さんやお義母さんにも 怒ったりしないよね。 でも、もしかして、わたしには、 八つ当たりすることに気づいてない?」 はっとした。 小春の前では素直な自分でいられることを沖広は。 そのことが怖くなった。 ◆◆◆
#
by nkgwkng
| 2021-01-19 07:00
| 400字小説
仁志とはもう連絡を取らない。 何年も会っていないし、 メールをしたのも5年くらい前。 だからLINEでは繋がっていない。 謙のスマートフォンにメールが入ったのは 1時間ほど前。 ≪ぶらっと≫の浴室から出て、 それでも止まらない汗を 大広間で拭きながらスマホを。 「結婚したよーん」 とあっけらかんとバカみたいな文面が。 仁志からのメールには件名がない。 たった7文字の連絡。 仁志らしいなと思いながら、 謙はすぐさま返信。 「おめでとさん。 だから3度目は勘弁してくれ」 夜中だったので電話するのは。 たぶん起きているだろうが、本当は照れ臭い。 大広間の畳に寝転びながらマンガを。 時折起き上がって冷えた水を。 すると湯上りから30分経っても、 すぐに毛穴から汗が。 仁志から折り返しの電話がきたら……と謙は、 柔道のマンガを読みふけり。 電話口で「おめでとう」と 大げさに涙を流すのが本当か? 謙は仁志の結婚を喜んでいる。 誰にも負けないくらい強く。 でももう忘れるくらい何年も連絡を取っていない。 ◆◆◆
#
by nkgwkng
| 2021-01-18 07:00
| 400字小説
|
以前の記事
2021年 01月
2020年 12月 2020年 11月 2020年 10月 2020年 09月 2020年 08月 2020年 07月 2020年 06月 2020年 05月 2020年 04月 2020年 03月 2020年 02月 2020年 01月 2019年 12月 2019年 11月 2019年 10月 2019年 09月 2019年 08月 2019年 07月 2019年 06月 2019年 05月 2019年 04月 2019年 03月 2019年 02月 2019年 01月 2018年 12月 2018年 11月 2018年 10月 2018年 09月 2018年 08月 2018年 07月 2018年 06月 2018年 05月 2018年 04月 2018年 03月 2018年 02月 2018年 01月 2017年 12月 2017年 11月 2017年 10月 2017年 09月 2017年 08月 2017年 07月 2017年 06月 2017年 05月 2017年 04月 2017年 03月 2017年 02月 2017年 01月 2016年 12月 2016年 11月 2016年 10月 2016年 09月 2016年 08月 2016年 07月 2016年 06月 2016年 05月 2016年 04月 2016年 03月 2016年 02月 2016年 01月 2015年 12月 2015年 11月 2015年 10月 2015年 09月 2015年 08月 2015年 07月 2015年 06月 2015年 05月 2015年 04月 2015年 03月 2015年 02月 2015年 01月 2014年 12月 2014年 11月 2014年 10月 2014年 09月 2014年 08月 2014年 07月 2014年 06月 2014年 05月 2014年 04月 2014年 03月 2014年 02月 2014年 01月 2013年 12月 2013年 11月 2013年 10月 2013年 09月 2013年 08月 2013年 07月 2013年 06月 2013年 05月 2013年 04月 2013年 03月 2013年 02月 2013年 01月 2012年 12月 2012年 11月 2012年 10月 2012年 09月 2012年 08月 2012年 07月 2012年 06月 2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 |
ファン申請 |
||