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【400字小説】クサい

「屁が出そう」

日曜日の午後、正志は弘美に呟く。

「どうぞご自由に」

「臭い予感がする」

「それならあっちの部屋でして」

昼下がりのやわらかい陽光が
カーテンを揺らす。
ストーブの上でやかんが
コトコト湯を沸かしている。

「もうした?」

「いや、波が去ったのでしていません」

こたつのなかでふたりの足先がふれあう。
微笑みあう二人。
弘美がむいたみかんの香りが
かすかにたちこめる。

「いつからそういうの平気になったんだろうね」

弘美はみかんをひと房食べたあと言う。

「そういうのって?」

「おならのこと。
昔だったら私の前で
おならなんかしなかったでしょう?」

「それだけ仲が良くなったってことじゃない?」

「だけど親しき仲にも礼儀ありっていうでしょ」

正志があくびをする。
それが弘美にも伝染。
外で猫が鳴く声がした。

「あ、また屁が出そう」

「宣言しないでこっそりしてよ」

悪い予感の欠片もなかった。
CDコンポから忌野清志郎の歌声。
そんなある冬の休日の午後。

「出た」

「……くさっ」

幸福なひととき。■
by nkgwkng | 2010-12-12 14:24 | 400字小説
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