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【400字小説】部屋

そこで起こった数々の出来事を、
清子は鮮明に思い出していた。
引っ越しの手伝いをしている途中、
友人が運転する車で
そのアパートの前を通り過ぎる
僅かな時間のあいだに。
そこは、清子が初めて男と体を重ねた部屋。
初めて男と罵り合った部屋。
初めての別れに打ちのめされた部屋。
そこを出てから8年が経っていた。

住んでいた203号室のベランダで、
洗濯物が揺れていた。
知らない誰かが住んでいることは
わかっていたが、
切なさを感じずにはいられなかった。
自分だけの大切な思い出を、
こっそり他人に奪われてしまったような気分。
いい思い出ばかりではないのに。

「ねえ、清子。聞いてるの?」

運転している友人のその言葉で、
清子は現実に帰る。
息苦しくて、ため息を吐く。

「式の準備は進んでんの?」

「ああ、うん、順調」

窓の外を眺めながら、そう答えた。■
by nkgwkng | 2013-10-31 06:09 | 400字小説
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