お客さんがいなくなったカフェでの夕暮れ時。私はメロ君にコーヒーを淹れる。「ありがとう」とメロ君はコーヒーを一口飲んだ。私は自分に淹れた分のコーヒーを持って、メロ君の隣に座る。するとメロ君は言った。
「うまく言えないけれど、愛してる。こういう何気ないひと時が幸せだなって思うよ」
そう言われて私は沈黙してしまった。メロ君の言ったことが唐突だったからではない。言っている意味がわからなかったからだ。
「ねえ、愛してるって何? 私が淹れたてのコーヒーの香りが好きなのと一緒の気持ち?」
それを聞いたメロ君は明らかに愕然とした。「ついでに愛って何?」と訊いたらメロ君は頭を抱えてしまった。私には愛の意味がわからない。だからそれを訊いたまでの話。メロ君は椅子から立ち上がり私を後ろからぎゅっと抱きしめた。「これが愛だよ」とメロ君は囁く。それからキスをして、「これも愛だよ」。
私はメロ君を好ましく思う。少し気が弱くて頼りないメロ君が好きだ。お互いにテクノが好きなのと同じように。この「好きだ」という気持ちと「愛してる」は違う気持ちなのだろうか。メロ君は「似ているけれども、ものすごく違う」と怒った。似ているのにものすごく違う? そんな矛盾した話、有り得る? やっぱり私にはてんでわからない。私は人としての感情が薄いのだろうか。
「僕のために淹れてくれたコーヒーも愛だよ」
私はコーヒーを飲む。苦々しい味がした。