赤裸々

――――――何が起きたか

2/1木曜日にイライラを爆発させてしまいました。

家の窓ガラスを割りました。

妻を罵倒しました。

娘は怯えて泣き叫んでおりました。

その後、家を出て一晩帰りませんでした。

最低です。

窓ガラスではなく、いつか妻や娘に

暴力の矛先が向くかもしれないのが自分で怖いです。

コントロールできないので。

2/5twitterより)



――――――仕事環境

倉庫で荷物を手で運んで格納する仕事

(入荷されてきたダンボールサイズの荷物を台車で運んで、

それぞれの所定の位置に荷物を収めていく)

就職したのは15115日。

はじめは8時~14時まで働いていて、少しずつ勤務時間を増やしていき

フルタイムで働くようになる。

今回の病気をする前は週5勤務、8時~1645分まで。

残業も30分まであった。

日曜・月曜が休み。

祝日でも関係なく、休みは日・月曜と決まっていた。

正月、GW、お盆などももちろん3連休以上の休みはない。

ちょっと無理しすぎかなと薄々気づいていた。

でも自分のように障害を持っている人も

バリバリ働いていたので自分だけ弱音を吐くわけにも行かなかった。

まわりの人と一緒くらい働かねばと焦っていたことは、

今振り返ると思い当たる。



――――――病気になった経緯

10

現在、病気で10月中旬から休職中である。

原因は10月から物量が増えて忙しくなるということを聞いていてついていけるか不安だった。

また私が所属していたチームの上司であるDさんが

朝、早出して事務仕事をするようになったので、その分早く帰ってしまうことになり、

Dさんがいなくなることで自分に負担がかかった。

勝手にプレッシャーに思ってしまった。

そして一番大きかったのは、荷物が毎日途方もない量入ってくるので、

永遠に格納の仕事を毎日続けるという仕事に気が遠くなり、気持ちが折れた。

もう続けたくなかった。多分、辞めたかったのだと思う。

でも言えなかった。

入荷チーム(フォークリフトで荷物を格納していくチーム

+足で荷物を運ぶチーム)の親分を慕っていたし、

部長には面接の時からお世話になっていたので、ダメ人間の私を拾ってくれた恩を感じていた。

なので簡単に辞めさせてくださいとはいかなかった。

それに比較的人とコミュニケーションを取らずとも、

黙々と荷物を自分のペースでこなしていけばいい仕事だったので

自分にあっているのだと感じていた。

でも反面、このまま辛い仕事に携わって

人生終わっていくのかという焦りがあったかも。

そんな理由でじわじわと追い詰められていたことに気づかなかった。

前兆は10月上旬頃から早退したり、一日休むことがあった。

日記によれば失踪したい思いもあったようだ。

それでも「大丈夫」と根拠のない思い込みで働き続けてしまう。

そして急に仕事にいけなくなる。

会社に行って、休ませてもらうことを相談することはできないのはもちろん、電話することもできない。

逃げていた。手紙でセンター長(めっさいい人。40代後半。やさしくていつも笑顔の人)に

クソみたいな長い文章を書いて、自分の当時の心境を綴った。

センター長が病気を理解してくれたり、心配してくれていたので甘えてしまった。

10月末に出した手紙にはこんなことを書いた。

『日常生活は支障なく送れています。家事や出掛けること、家族や友人と話すことを苦に感じません。

ですが仕事のことを考えると精神が沈みます。なので仕事のことは考えないようにしています。

11月から復帰できたとしても、年末の繁忙期を乗り越える自信がないのが本音です。

かといってこれ以上休むことは多大にご迷惑であることはわかっており、

でも働けそうにないし、どうしたらいいのかという泥沼に陥り、思考が堂々巡りになってしまいます。

また働く機会をいただけても、笑顔で挨拶をする、同僚と雑談をする、といった

当たり前の行為すら苦痛に感じてしまうに違いないです。

気持ちが行方不明です。どうやって生きていけばいいのか、わからなくなってしまいました。

死んでしまいたいという精神状態ではありませんが、かといってこのまま生き続ける気力もなく、

葛藤して心が剥離しそうです。

できることなら誰の記憶にも残らず消えることができればと思ってしまいます。

どうしてここまで気持ちが落ち込み、自分を生きる力がなくなってしまったのか、わかりません。

自分が入庫した商品がピッキングされ、近所のスーパーにそれが並んでいることに

やり甲斐を持っていましたが、現在はそんな誇りも持てずにいます。

主治医とも相談しますが、正直、10月中に今後どうするのかということを判断する思考能力がありません。

時間を短縮して働かせていただけないか、

私の代わりにどなたかを雇っていただけないか、

センター長に主治医と会ってもらって病状を理解していただけないかなどと考えてしまいますが、

どれも私の勝手で、傲慢であると感じます。

どうするのが会社と私にとって良いのかは、お会いして話すのが一番だと思います。

話せばきっとすっきりして、未来も明瞭に見通せるようになるのだとも考えます。

しかし、ご迷惑をおかけしているので、どんな顔で会社に行けばいいのかわからず、

自分を責める被害妄想に襲われます。はっきり言ってそれは『逃げ』だということはわかっています。

いつまでも逃げられないことも覚悟しています。

それでも会社に伺うことができません。

自分を卑怯な人間だと自分自身で罵倒してしまいます。

会社の方に限らず、世界中のどんな人も生きづらさを感じて、

まるで綱渡りのように日々を乗り越えていっているはずです。

なのに自分だけ甘えたことを言っていて、情けないです。

仕事のことを考えるとそのようなドツボに嵌ってしまいます。

そんな理由から今は仕事のことを極力考えないようにしています。

それは本当に申し訳なく思っています。

また、特に入荷班カートチームの人たちは私以上の病気を持っているのに、

苦労ときちんと向き合って働いていることに引け目を感じています。

自分の現状と比べてしまい、気持ちが萎えます。

しっかりしなくてはと言い聞かせるのですが、立っていることができないです。

また、これは妻と相談しなくてはいけないことですが、

妻の仕事上、帰りが夜九時以降になることも多々あります。

そうすると食事や洗濯、娘の面倒などの家事を

一人でこなさなくてはいけない夜も週に何回かあって負担になっています。

仕事と家事のバランスを取りたいのですが、それができません。

妻に仕事の量を減らしてもらうなどの対策を取れると良いのですが、

家計のこともあり、無理を言うことはできないのが現実です。

ここまで書いても、自分はどうしたいのか、自分がどうしたらいいのか、判断できません。

むしろ混乱するばかりです。今にも気持ちが分解しそうです。

どうか仕事について考えられないことを許してください。

家族のためにも、自分自身のためにも、一日でも早く病気を治したいです。

そしてこれ以上会社にご迷惑もかけたくないです。甘えていてすいません。

突然、こんなことになってしまったことが自分でも信じられません。

順調に病気は良くなってきていると感じていたので、ひじょうに残念です。

結果として自己管理ができていなかったと言われても仕方ないです。

今はただ謝罪することしかできません。本当に申し訳ありません』

手紙の内容は以上。

本当に無理をしているつもりはなかった、当時は。

自己管理ができなかったせいでふりだしに戻ったこと悔やむ。

仕事も苦ではなかった。自分にあった仕事だと喜んでいた。


11

最初は10月いっぱいまでの休めば治るはずだった。

しかし11月頭になっても具合は良くならず。

電話に着信あると怖い。会社からではないかと焦る。

着信画面を見ることもできず、呼び鈴が鳴り続けるのを

やり過ごす間や、留守番電話を聞く時は心臓がどきどきする。

11月に入り、センター長からいよいよ電話があり、でも出られなかった。

変わりに妻がセンター長に折り返してくれた。

「みんな心配してるよ」とか「焦らないで」とか「しんどくないか?」とか

心遣いのある言葉を掛けてもらう。感謝。

なんとか前を向いて生きていかねばと思った。

そんな気持ちにさせていただいたこと、言葉では言い尽くせないほど幸せに感じた。

こんな自分でも必要とされているんだと思った。

救われた気分になり、恩を返したいと考えた。

この時期に主治医からデイケア(病院での治療の一貫で、同じような精神病を持った人が集まり、

ヨガや太極拳などのプログラムや、コミュニケーションスキルを会得するプログラムなどがある)に

参加してリハビリしようと言われて動いていた。

スムーズに仕事に復帰できるようがんばっていた。

実際のところ、最初はデイケアに参加することだけでも辛かったので、

いきなり仕事に復帰しなくて良かったと痛感。

11月を丸々休むことになると、

年内で一番忙しい12月も忙しさについていけないと不安になり、病状悪化。

自信を完全に失う。同僚からどう思われているのか怖い。悪く思われているに違いない。

だとしたら、仕事辞めたいという思考に陥った。

仕事に行けなくて心苦しいという気持ちと、無理をしてでも仕事に行くべきだという葛藤があり、苦しい。

現実から逃げたくもなり、どこかへ、どのように失踪するかという具体的なことを考えてしまう。

ジョブコーチさん(会社と私の間に入って仕事の相談に乗ってくれたりする人)からの電話にすら出られない。

11月からデイケアに通うようになり、病気の辛さをわかってくれる人たちと出会い、大きな支えとなっている。

一時は日常生活を過ごすことに支障もストレスもない程度までに回復。

デイケアにも楽しく通えていた。

以下、当時の気持ちの箇条書き。

●行きたくない → 会社の人に会わせる顔がない。

●行った方が良い → これ以上迷惑を掛けるわけにはいかない。

         ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

●葛藤する気持ちになり苦しい

●案ずるより産むが易し?


+面

●家事や出掛けること、家族や友人と話すこと苦に感じない。

●デイケアに出席すること楽しみ。同じ苦行を味わっている仲間という意識。通い続けたい。

●新潟へもライブ(イースタンユース)を観に行けた。感受性が敏感になっているのか何回も泣いてしまった。

●働くこと、まずは8-12時までの勤務から始めたい。

●一日でも早く会社に行って謝罪し、今後について話すべきだと思っている。

●友人より「100点満点の人生なんてない」と言われ、目から鱗。

12/5(火)8001200の勤務でスタート? 月初をこなすキャパはまだ今の自分にない。


-面

●仕事のことを考えると落ち込む。なので仕事のことはできるだけ考えないようにしている。

●現実から逃げたい。どのような方法で、どこへ逃げるか具体的に考えたりしてしまう。

●会社からの電話、ジョブコーチさんの電話に出られない。胸がきゅうとなる。

●近所のスーパーに行くのが怖い。会社の人に会うのではと思い。

●スーパーで、倉庫で見かける商品を見ると気持ちが落ち込む。

●復帰しても潰れて迷惑をかけるのでは。絶対に避けたい。それとも潰れたら潰れたで仕方ない?

●仕事行きたくない

●短期で派遣さんを雇うこと、もしくは新たに雇用すること可能か。でもそれは会社が穴埋めを考えることか

●家事をこなす、単純な仕事を繰り返す。これが永遠に果てしなくて心が折れた

●仕事辞めたいと強く思う

●生きてるのが辛い

●痛みも感じず、消えてしまいたい。誰の記憶からも消えたい

●家族のために復活したい

●みんな死にたいほどの心労を背負って生きているから、俺だけ甘えてて情けない

●人生、綱渡り。みんなそう

●気持ちが分解しそう

●インディア・ザ・すぱいすで働きたい

●ちゃらんぽらんに生きたい

●思考能力が低下しているのか。考えが堂々巡りでまとまらない

●「休みやがって」と思われているのではないか

●小説に賭けたい、自分もいる。一度きりの人生だしやりたいこと貫きたい。でも、家族に迷惑かけるからそれはできない

●時間短縮して働くことは可能? 8-12時とか。でも、それだと人手不足解消にはならない。迷惑かける

●以下、友人、先輩からの助言

 ①元精神科勤務の友人より。自分を責める必要はないと。病気のせいなんだから。必要なのは休息と治療だと。

 ②生き延びることを最優先に考えろ

 ③甘えていいに決まってる。休んでいいに決まってる。会社に迷惑かけてもいいよ。お医者さんに相談しな。

 ④東京の編集者時代の先輩・Cさんより「一日一日を受け止めるのではなく流し、捉えていく。怒り、泣く」

 ⑤生きるのは思うようにはいかない。でももがいている姿は美しいし、素晴らしいことだ。ぼちぼち生きていけばいい。

 ⑥みんなと生きていく、と考えたらいいんじゃない?

 ⑦「自分を生きる力」が失われることが人間にとっての最大の苦しみではなかろうか。長期休養させてもらうことは当然の権利

 ⑧家族、書くこと、その生き甲斐と感じていることが負担になっているのかも。

  書き続けていることが無理をしている。家事も家族のためではなく、自己満足程度にこなす。

 ⑨沖縄の友だち・Kには「走れ」と一言

 ⑩無理をせず、自分がやれると思うペースで生きていけ


12

結局、12月も休むという大迷惑を会社にかける。

12月中、叫んで起きたりすることしょっちゅうあった。

12月もデイケアを楽しく過ごす。クリスマス会や忘年会など盛り上がる。仲間に会えるのが嬉しい。

だが1月になっても仕事に行く元気がなくて、

というか仕事場に行って「休んで迷惑を掛けました、申し訳ありませんでした」と謝って回るのが苦痛に感じて、

なぜかというとみんな私に対していい感情を持っていないに違いないと思ってしまうから。

こんなことを思うのは会社の上司や同僚に失礼だとは思うけれど、

心の裏まで伺ってしまって、辛い。

でも仕事に行かなくてはと思う。


1

状態上向かず、引き続き休職。

1月末まで診断書を出してもらうが、それよりも早く治癒させて仕事行ってやると鼻息を荒くしたが、空回り。

1月の終わりに近づくにつれ、具合が悪くなる。

悪夢を毎晩見たり、週に4回ほど絶叫して目を覚ましたり。

それで1月下旬に主治医よりさらに2ヶ月間休むように通達される。

正直、ホッとしたのが本音。

でも、問題を先延ばしにしただけ。

逃げたままじゃダメだ、とわかっていながらも、会社に電話することすらできない。

1月末にも会社に手紙をセンター長宛に送る。

「今月こそは会社に電話でご連絡し、謝りにいかねばと思っておりましたが、

今回もそれができませんでした。

謝罪の言葉を並べることにすら自分の情けなさを感じ、嫌悪感を持ちます。

こんな私ですいません。寛容に対応してくださっているセンター長に甘えているのかもしれません。

大人として、社会人として、一人の人間として恥ずかしい限りです。

現在も引き続き、病院のデイケアに週3日ほど通っております。

以前までは日常生活を送ることに苦痛は感じなかったのですが、

ここ数週間ほどは毎日悪夢にうなされ、夜中に絶叫して夢から覚めるということが続いております。

病気が再発した当初の『生きていくのも嫌だし、死んでしまうのも怖くて、

どうしたらいいのかわからない』という状況に逆戻りしてしまいまして、

いや、むしろ当時よりも悪化していると感じております。

また以前のように働ける自信がありません。

盛大に失敗してご迷惑をおかけするのではないか、

復帰できてもすぐにパンクしてしまうのではないか、

そんな悪魔のようなスパイラルに陥ります。

元気でいた頃のようにスーパーマーケットで自分が格納した商品を見ると

やり甲斐を覚えるといった気持ちにはなれません。

正直に申しますと、仕事のことを克明に思い出してしまい、

それだけで負を帯びた気持ちになるくらいです。

こんなことを書いては失礼に当たるかと思いますが、

同僚の皆さんは私のことを迷惑な存在だと

怒っているに違いないと考えてしまい、それから逃れられません。

そんな人たちではないと自分で自分を説得しようと試みますが、

どうしてもそんな考えに囚われてしまい、会社に行くことが、

古井戸の底に突き落とされるほど、怖くて仕方なくなります。

どうしたらいいのか主治医に相談したところ、休むしかないと告げられました。

その通りだとは思いますが、そのことが心苦しく、大変申し訳ない気持ちです。

しかも二ヶ月という時間、月日を休養に費やすことに

お詫びの言葉を千個見つけても足りないと感じます。

主治医からは早く回復したら、その時は出社しても良いとのことでしたが、

前回がそのパターンでダメになったので

今回も結局二ヶ月丸々お休みをいただいてしまうと思います。

額を地べたにつけて土下座しても、

まだまだ謝罪にはならないくらいの多大なご迷惑をお掛けすること、どうかお許しください。

『死んでお詫びするしかない』とも頭を過ぎりますが、

それこそ甚大な迷惑だと考え、それだけはしないように固く誓いました。

実際のところ、休めと言われても、正直、どう生活すればいいのかわかりません。

無理をするなとも言われますが、それもわからずにいます。

しかし、今まで通りではここ数ヶ月の繰り返しになってしまうことは肌で感じております。

主治医や家族に細かく相談したり、カウンセラーにかかったり、

家事すらもやらない日を作るなど、何か違う方法で改善していきたいと考えております。

改めて治療に専念させていただくこと、お詫び申し上げます」

手紙、以上。

リワークに興味を持つ。

復職する、あるいは再就職するための1ステップとして

利用してもいいのかもしれない。

23(火)より娘がインフルエンザでダウン。

妻は仕事を休めず、今回の爆発事件が起こるまで

毎日、面倒を看ることに。

これが原因ではないかと妻が分析。


2

2/1(木)

夜、食器を洗いながら、突然、イライラした感情が爆発してしまった。

窓ガラスに食器や電子ジャーを投げつけて、大声を出し、自分壊れた。

その際、妻に「なんで俺だけクビなんだよ!」と当たる。

こう叫んだ理由は後で話します。

その後、「頭冷やしてくる」と妻に言い残し、財布だけ持って家を飛び出る。

バスに乗って長野駅まで行く。

少し冷静になったので漫画喫茶に入り、妻になぜ爆発してしまったのか、その理由をメールする。

妻からは「気にしないでいいから早く帰って来て」という返信。

しかし、どんな顔で戻っていいのかわからず、長野駅周辺を徘徊。

市民病院へ行くか考えたが、結局、また漫画喫茶に戻り、疲れて眠る。


2/2(金)

翌朝、7時に起きて家に帰る。

出掛ける妻と娘に近所のゴミ捨て場で会ったが、特に妻は衰弱した様子。

ひどいことをしたとさらに反省。シャワーを浴び、点滴を打ってもらうため病院へ。

気分は落ち着いたが眠気がひどく家に帰るなり眠ってしまった。夕方まで5時間ほど眠る。


2/3(土)

頓服を飲んで様子を見る。自分のしたことに凹んでいたが、点滴を打つほどでもなかった。

夜、仕事の同僚でうつ病で苦しんでいる男子から電話あり。

その同僚の話だと、Qさんから「お前なんか会社辞めちまえ」と言われたので

センター長にそのことを相談すると、Qさん呼び出し。

呼び出されたQさんは自分の言ったことを否定し、「俺をおとしめるのか」と逆ギレしたらしい。

その話を聞いて、私はそんなひどい人がいる会社には戻りたくないと思った。


2/4(日)

テレビを見て笑っている自分がいた。あの爆発は一体なんだったのか。

妻は元気がない。疲れている様子。申し訳ない。



――――――なぜ爆発してしまったか。

2/1(木)、帰宅した妻に会社から連絡があったことを告げられる。

以下、妻が話した内容だが、私が誤解して受け止めてしまい、怒ることになる。

「今後のことで賢司さん本人と相談したい。会社の規定で半年以上休職することはできないし」

これを受けて私は、会社は私を排除しようとしていると勘違いしてしまった。

「障がい者だから、半年行けなくなったから、退職を求められるのが許せない」と思う。

「会社に行けなくなったのは私だけの責任ではない。会社にだって責任はある」と憤る。

「同じチームのBさんは死ぬほどサボってもクビにならない。

なのになんで俺だけクビなのか。一生懸命会社に尽くしてきたのに」と思ってしまった。

でも妻には何も言えず、自分の中に溜め込んでしまう。

このほかに、会社からの連絡が、センター長ではなく

管理部の会ったこともない人からだったので

私の排除を前提としているとしか思えなかった。

不要の烙印を押されたと被害妄想。

結果、30分もしないうちに感情がコントロール不能になり発作的に爆発。



――――――後悔と恐怖

死のうとは思わなかった。死ぬのは怖かったから。

家族のことよりもそっちが先だったことに自責の念。

どうやって生きていけばいいのか、わからなかった。

取り返しのつかないことをしてしまった。

妻が娘を連れてどこかに行っても仕方がないことをした。

こんな発作みたいな病気を一生抱えていくのは嫌だ、辛い。

自分が怖い。妻や娘に矛先が向かないか。

犯罪を犯してしまうのではないかという恐怖がある。

妻はどんな気持ちで割れたガラスが飛び散った台所を片したのだろうか。

それを想像すると申し訳なくて死にたい。

死ぬ勇気もない。生きる覚悟もできない。



――――――妻への手紙(妻へのごめんなさい)/2018.02.05

 ①暴れてすいません。後片付け大変だったろうし、理不尽だったよね。またトラウマを与えてしまった。

 ②1晩帰らなくてごめんなさい。どんな顔で帰って良いのかわからなかった。

 ③疲れさせてすみません。将来の生活のこと、過去の結婚したこと、不安だったり、後悔だよね。

 ④多分、今の職場に戻れないこと、ごめんなさい。仕事をこなせる自信がなくなってしまった。

 ⑤これからどうしたらわからなくさせて、すみません。私もどうしたらいいのか混乱してます。


――――――妻への手紙(これからどうしたらいいのか無理やり考えて見る)/2018.02.05

 ①とにかく話し合う。いや、話す・雑談をすることから再スタートさせたい。

 ②娘をかわいがる。今回の件は間違いなく一生忘れないトラウマになったはず。

 ③お酒は家では飲まない。外で飲むときは付き合い程度に。

 ④歩く、ストレッチをする。好きな音楽を聴きながらリラックスする。それが脳からとても良い物質を出すことになる

 ⑤小説家になる夢を捨てる。小説は趣味にする。賞に出すけど期待しない。自分には才能がないのだと思い知れ。

 ⑥自分に期待しない。自分を諦める。元々ダメ人間なんだから凹むだけ損。

 ⑦怒ることを覚える。てゆうか少しずつガス抜きできるようにする。今回のような爆発をさけるため。

 ⑧妻と娘に1日1ハグ。今日からは恥ずかしいから無理かもだけど。あと妻と娘が許してくれるなら。

 ⑨自分を変えたい。死んだつもりで明るい人間になる。無理をしない程度。

 ⑩しばらくは働くことを考えない。デイケアも無理しない。

 ⑪こういうのを書くとき、キリの良い数にしがちなのをやめる。溢れた分だけ書く。浮かばないものは浮かばない。

 ⑫カウンセラーの先生に相談する。

 ⑬痩せようとか思い過ぎない、今のデブな自分を受け入れる

 ⑭専業主父するのも手か


――――――体験整理シート(2018123日作成)

状況=会社に行けなくなった。1710月から。最初は1週間ほど休むことで治ると思っていたが、そうはいかず

   10月末まで休むことに。しかし11月になってからも病状は良くならず

   11月末まで……12月末……、1月末……と長期間休職。

   11月からデイケアに通う。

   病気の発端は永遠にこの仕事が続くことに途方に暮れ、心が折れた。

   今は会社にどんな顔をしていけばいいのかわからない。

   謝罪してまわるのが嫌という理由で、会社に電話することもできない

気分=憂鬱80%、不安80、恐怖80、億劫80、嫌だ90、拒否70、落胆50、恥ずかしい30、面倒50

   罪悪感60、逃避70、困惑30、喪失30、うんざり30、不満(自分に)30、失望(自分に)30、後ろめたい70

   (100%がMAX

身体=●夜叫んで起きる(覚醒)  ●あからさまに表情硬くなる(仕事の話をする時)

   ●心拍数が上がる      ●そわそわ

   ●しどろもどろになる    ●緊張感

   ●ろれつがまわらない    ●アルコールを欲する

   ●悪い夢ばかり見る     ●過食→太る

行動=●家族に相談        ●歩くようにする(運動)

   ●仕事のことは考えない   ●小説書きに逃げる    

   ●デイケアに積極的に参加  ●音楽を聴く

   ●リワークを使うか検討   ●演劇を見る、やる

   ●お笑い番組を見る     ●朗読の練習(ストレス発散できる)

   ●会社、ジョブコーチからの電話に出ない 

思考=●迷惑かけるなあ      ●悪く思われるなあ

   ●怒られるなあ       ●仕事に復帰できるかなあ

   ●また元通りに働けるかなあ ●失敗するかもなあ

   ●とにかく嫌だなあ     ●逃げたいなあ

   ●みんなに悪いなあ     ●なんでこうなったのかなあ

対処方法

   ≪これまで実施してきたこと≫

   特に何もせずに我慢。(我慢しているという自覚もない)

   ≪これから実施したいこと≫

   ●家族、主治医に小さなことも相談       ●よく笑う

   ●人に頼る                  ●人と会うことがんばらない(好きな人たちに会う)

   ●デイケアで悩み相談             ●ほどほどに(なんでも)

   ●朗読の練習をして叫ぶ            ●書くこと続ける(欲は捨てる)

   ●運動=歩き                 ●「幸せはいつも自分の心が決める」という言葉を実践

   ●ささいなことに気づく努力(自分の不調)


――――――Kとのツイッターでのやりとり

Kという男について

高校時代からの友人。一緒に上京したが、ある日突然「沖縄行って来るわ」と行って

そのまま沖縄に住んでしまった男。

全身タトゥーだらけのイカしたあいつ。

十年くらいあっていないがツイッターで頻繁に交流している。

●K「酒はしばらくやめろ」

●K「嫌なことでもあるのか?w

 俺「嫌なことというか、自分をコントロールできんことね。

   禅でもして精神を安定させたい。あとはカウンセラーに相談するとか」

   それで自分を好きになれればー」

 K「ほー。相変わらずマジメだな。

   いつまでも童貞っぽい」

 俺「それだけが取り得なのでw

   童貞は尊い。その方向性でがんばる」

●俺「あなた、悩みなさそう」

 K「あるに決まってんだろ」

 俺「てゆうか幸せそうだよ、あなた。

   バンドがんばってるし」

 K「幸せをイメージして生きてるからな」

 俺「意識高いな」

 K「いや裏返しだな。

   意識が低すぎるから、裏返してみた。

   基本はネガティブだ」

 俺「裏返しって意味わかんねえ」

 K「考え方ひとつで人は幸せにも不幸せにもなれる。

   簡単なことだ。経験から学んだ」

 俺「コツとかツボはあるのかい?」

 K「うーん、クルッとする」

 俺「わかんねえよ!」

 K「まあ、諦め?」

 俺「???」

 K「一回、自分をちゃんと諦める。

   自分を諦めたら、何も自分に期待しないし、

   自分に何ももとめなくなる」

 俺「あー、なるほど!

   朗読のライブの前に、自分は朗読うまくないからって

   いい意味で諦められる。そんな感覚で

   自分の根本を諦めれば良いのかも!」

 K「その状態になった時に、目の前にあるものを大切にして、

   与えられた事をしっかりやれば、だれかよろこんでくれるんだよ」

 俺「自分のダメなとこを把握しなくちゃ、諦めるには!」

 K「酒のせいにしてもいいし、病気のせいにしてもいい。

   自分を諦めろ」

 俺「まあ、カッコつけたがってるからな。

   もっと泥臭く生きます。童貞らしく」

 K「笑」


《完》


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by nkgwkng | 2018-02-07 23:59 | とっ散らかった言葉
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